医師にとっての頂点。米医学界トップジャーナルに論文が載るまで

スポーツ選手ならばオリンピック、 研究者ならばノーベル賞、 そして医師にとっての頂きは──。その険しさを覗いてみよう。


元日の朝、JAMA(アメリカ医師会誌)の編集長から一通のメールが届いた。私たちが10年かけて仕上げた研究論文「消化管癌(食道癌、胃癌、大腸癌)患者に対するビタミンDサプリの再発抑制効果:天照(アマテラス)ランダム化臨床試験」に対する返信だった。論文を投稿すると箸にも棒にも掛からなければ3日、編集委員会でボツになれば1週間、査読にまわれば1-2カ月で返却される。だが、トップジャーナルであれば、そのほとんどが落選する。

メール内容はこうだった。〈手術後5年でビタミンD群では77%が再発なく生存しているが、プラセボ群では69%であった。この8%の差は、補正という特殊な統計手法を用いるとビタミンDが患者再発率を抑えるのに有効と結論できる。しかし、補正しないと有効とは言えない。補正すると有効だったと結果の一部として述べてもよいが、 最終結論からははずしてほしい〉。──私は同意した。

1月11日、副編集長から「6人の専門家と私のコメントに2週間以内に回答せよ」というメールが返ってきた。コメントは200にも及び、文言の修正から高度な追加解析まで含まれる。しかも、「これに回答したからといって論文が受理される保証はない」とまで書かれていた。私は今まで100篇以上の論文を有名海外医学雑誌に発表してきた経験がある。普通は専門家2-3人の合計20程度のコメントに1-2カ月の間に回答すればよかった。

文言の修正にもポリシーを感じた。例えば「Cancer patients」ではなく「Patients with cancer」という表現を使えという指示があった。私はコメントの行間に「医師は“癌という病気”ではなく、“病める人”を診ているのだ」という気概を感じた。その後もやり取りを続けたが、アメリカ医師会の頂点と熱い議論を交わせたことは、またとない好機であった。

JAMAは医学界のトップジャーナルで、今やネイチャーやサイエンス誌を超える存在だ。「ビタミンDが癌の再発死亡を抑制する」と結論付けた論文が掲載されれば、世界のガイドラインが「癌の術後患者さん全てにビタミンDを内服させるべし」と変更されるであろう。そのため、本当に信頼できるデータ、確実な結論しか載らない。

4月9日、ついに私たちの研究論文がJAMAに掲載された。驚いたことにハーバード大の論文「転移性大腸癌に対するビタミンDの効果」と同時掲載だ。しかも、ほとんど同じ結果だ。ビタミンDは補正すると有効という点まで同じだ。地球の裏側で類似研究が同時進行していたことになる。JAMA編集部としても、「この研究結果は間違いない」と感じたに違いない。ハーバード大大学院を卒業して19年、やっと母校の研究チームと肩を並べて競えるようになった。


浦島充佳(うらしま・みつよし)◎1962年生まれ。東京慈恵会医大卒。小児科医として小児がん医療に献身。ハーバード大大学院にて予防医学・危機管理を修了し実践中。

イラストレーション=ichiraku / 岡村亮太

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