時間的な制約がないのも野球の魅力だ。野球は9回までだが、攻撃のチームが3アウトになるまで、どれだけ時間をかけても構わない。同点で延長戦となれば、メジャー・リーグでは決着がつくまで試合が行われる。野球は、自然と一体化した牧歌的なスポーツだからこそ、時間を気にせずに、ピクニック感覚で会話や食事をしたり、じっくりと戦略を考えたり、記録をつけるといった贅沢を楽しめるのだ。
ところで、ロバート・レッドフォード主演の映画「ナチュラル」でも、高さが不揃いでアンバランスな客席の屋根、フィールドが左右不均衡どころか、歪な形状をした球場が登場する。映画のストーリーよりも、映画に登場する球場に魅了されてしまった僕は、この2つの球場の共通点に気づいた。それは、美麗、調和、左右対称などと全く異なる別の世界の中で、醜悪、乱調、不均などによって醸し出される「神秘的な美」だ。
グリフィス・スタジアムは1965年に取り壊され、そこで使用されていた909座席は、フロリダ州オーランドのティンカー・フィールドに移されたが、その球場も2015年に取り壊されてしまった。しかし、跡地へ行けば、この「神秘的な美」は、病院という生命が誕生し、生命が死滅する神聖な場所で大切に残されている。
グリフィス・スタジアムの歴史を紹介したパネルが設置されているハワード大学病院の正面から院内に入り、ホールを奥へ進むと、白衣を着た医師や看護婦、それに患者が行き交う表面がツルツルした廊下にホームプレートとバッターボックスが描かれており、煉瓦の壁には、グリフィス・スタジアムの写真と記念銘板がある。もちろん、そこは実際にバッターボックスがあった場所で、ベーブ・ルース、ミッキー・マントル、ジョシュ・ギブソン、それにこの球場で通算200勝と通算400勝を達成し、生涯417勝を挙げた大投手ウォルター・ジョンソンと対戦した数々の打者が立った場所だ。
病院内の廊下にはホームプレートとバッターボックスが描かれており、煉瓦の壁には、グリフィス・スタジアムの写真と記念銘板がある。もちろん、そこは実際にバッターボックスがあった場所。著者撮影。
病院の近くでは「神秘的な美」の生き証人にも出会える。土地の売却を拒んだ民家5軒のうち2軒が今でもある。
1953年4月17日、史上最高のスイッチ・ヒッター、ミッキー・マントルが放ったメジャー・リーグ史上最長と言われている推定飛距離565フィート(約172.22メートル)の本塁打が落下した民家も残っている。そう、マントルは、野球が無限の空間でプレイする牧歌的なスポーツであることを証明するかのように、ここで、どこまでも、どこまでも飛んで行ってしまいそうな大飛球を放っていたのだ。
連載:「全米球場跡地巡り」に感じるロマン
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