「競合よりも顧客を見ろ」も、ベゾスがよく口にしたことだった。
「社内に『non-compete(競合しない)』という名前のメーリングリストがあって、僕も入っていたんですが、そこに『ゲートキーパー(門番)』がいたことも印象的でしたね」
アマゾンは競合分析はもちろんしていて、その結果もシェアされるが、その情報は極めて厳格に運用されていた。そして、コミュニケーションがある限界点を超えると、やり取りを見ている『門番』から『We don’t talk about competitors.(アマゾンは競合について語り合わない)』という警告が届く。
「まさに、『競合を見るな。顧客を見ろ』という徹底した顧客主義のアマゾンスピリットですよね」
西野はネットエイジで役員を務めながら、岡村勝弘とアマゾン 「ジャパン・プロジェクト」を進めていた。
「Under Promise Over Deliver(控えめに約束し、期待を超えるレベルで実現する)」というフレーズも、アマゾンの現在までのPR戦略のベースともいえる言葉ですね。とにかくあらゆる場面でこれを言っていました。ちょっとしたサービスのアップグレードにしても、誰かに個人的に何かを頼むときにでも、はたまた、アマゾンを挙げてのニュービジネスの発表記者会見に際しても」
PR対応について、ベゾスから言われたこともよく覚えているという。それは、「取材を受ける時に、記者からバカと思われてもいいと思ってやれ」ということ。用意している回答以外は話さない。結果的に記者の質問と回答がちぐはぐになってこいつバカか? と思われることがあるかもしれないが、気にするな、ということだ。
「どこの部分を切り取って使われるかわからないから、どこを切り出されてもいいように、という意図です。ベゾスはこんなふうに、PR戦略にも非常に長けていました」
アマゾンのDNAという意味でいえば、「elves(妖精)制度」も印象的だ。この制度名の由来は、グリム童話の『こびとと靴屋』。貧しい靴職人のおじいさんのために、真夜中に靴を作ってくれる小妖精(elves)の話だ。毎年、第4四半期になると、クリスマスの需要に合わせるため、ベゾスを含む全社員が最低1週間~1カ月、もしくはそれ以上、自分の仕事から離れて倉庫やカスタマーサービスなどで仕事をするという「伝統」があったのだ。
西野らもシアトルにいた間、クリスマスの期間、倉庫で作業したが、実は、この体験から学ぶことがとても多かったという。カスタマーサービスも倉庫も、入社したばかりの人材向けのポジションではある反面、カスタマーと直接接するところ。『地球上で最もお客様を大切にする企業』を標榜するアマゾンとしては、社員教育的な意味でも体験させていたのである。
「たとえば『アマゾンで注文するのが初めて』のカスタマーからの注文だと、スリップに印がついている。で、その荷物はプライオリティを上げて処理していました。最初の注文で何かネガティブなことがあると、そのお客様は2度と帰ってきてくれない確率が高いためです」