ビジネス

2019.08.15

集まってきた「ウィル」たち|アマゾン ジャパンができるまで 第5回


長谷川も同感のようだ。

「西野さんの言うとおり、シアトル本社とは、立ち上がる前よりむしろ後のほうがコンフリクト(対立や軋轢)があった。支払い方法もそのひとつ。他には、『日本はカスタマーレビューが少ない、なんとかしろ』と何度も厳しく指摘され、その都度、『日本人は、感想や意見を英語圏の人たちほど他人とシェアしたがらないのだ。国民気質がそもそも違う』と説明して回ったことを覚えています。もちろん、レビューを増やすための施策も打ちましたね。たとえばカスタマーレビューキャンペーン。レビューを書いてくれたカスタマーに抽選でギフト券を贈ったんです。これには効果がありました」

「ウィル」を持ち寄り、集まってきた人材たち

現在でこそ入社を希望する優秀な人材は後を立たず、「秀逸人材のブラックホール」とすらいわれるアマゾンだが、当時は、採用に関しても高い壁があった。社名を明かせるようになったあとですら、「将来が見えない」「海のものとも山のものともつかない」ベンチャー組織であったアマゾン ジャパンへの入社には、誘われても二の足を踏む人が少なくなかったのである。

「ローンチ直後は、ITバブルの終焉と9.11も重なってドット・コムの株価が5ドルまで下がったりもして、将来を悲観して退職するメンバーもいましたね。カルチャーに合わずに辞めていくケースもあった。なにしろ、アマゾンには『経営企画室』という文化がない。全員がリーダーで、事業責任者が財務や他部門とコミュニケーションを取りながら、大きい絵を描きつつ、日々のオペレーションのメトリックス(KPI)を管理するという風土でした」

長谷川が入社した頃、社員向けHPの人事関連のページに「Vision and Values(ビジョンと価値)」というのがあった。「Vision」はもちろん、「the world’s most customer-centric company(「地球上で最もカスタマーを大切にする企業」。そして、「Values」は以下6つだった。

1. Customer Obsession(顧客へのこだわり)
2. Ownership(高い当事者意識)
3. Bias for Action(計算した上でリスクを取ること)
4. Frugality(倹約)
5. High Hiring Bar(採用で妥協は許されない)
6. Innovation(革新)


社員向けHPの人事関連のページにあった「Vision and Values」

「一方で、ローンチ前後にはいった人は『ウィル』を持っている人が多かったと思います。自分も、この会社では、『歴史を変える』ような仕事ができると感じてアマゾンに入った。当時から続くアマゾンの合言葉は、『Work Hard、Have Fun、Make History』があったんです。まさに会社の立ち上げなんて、人生にそうは経験できないこと。ほかにも、『メイクヒストリー』に吸い寄せられて入社したチャレンジャーは多かった。アマゾンが大好きで、リスクも承知している人たちですよね。一方、アマゾン ジャパンが売上や利益でそれなりの成果を出すようになってから入社してくる人材は、そのビジネスモデルの素晴らしさに感銘し、会社ともに自分も成長したいという優秀な人が増えてきました。もちろん、採用のハードルはどんどん高くなっていきました」

長谷川は、改めてこう振り返る。

「バードアイ(空から見下ろす鳥の目)、バードビュー(鳥の視野)が大切というアマゾンの文化の中、近視眼的にならず俯瞰的に見ることを心がけはしていましたが、とにかくローンチするまでは無我夢中、がむしゃらでしたね。そしてローンチ後は、リテールのマネージメントに一心不乱で取り組んだ。ただ、やはり『eコマースの歴史を作るんだ』という思いはいつもあったのではないかな。私を含めてみんなの心のなかに、ですよね」(敬称略、第6回に続く)

(前編・第9回まで随時公開)




長谷川純一◎ベイシス・テクノロジーアジア担当部門長。ピープルソフト共同設立者、日本オラクル執行役員として、ERPシステムの開発および導入プロジェクトを率いる。MITスローンスクールで経営科学修士を取得。客員教授として法政大学ビジネススクール (イノベーション・マネジメント専攻)、客員講師として青山ビジネススクールで10年以上教鞭を取った。

瀧井聡◎初代アマゾンロジスティクス社長。その後、株式会社三越伊勢丹ビジネス・サポートにて物流構造改革、 サプライチェーン改革、物流センター移転・統廃合を行う。日産自動車株式会社にてスペアパーツのサプライチェーン・ロジスティクス全般、欧州物流センター(オランダ・スペイン)におけるサプライチェーン改革、米国物流センターの物流改革に従事。2000年、アマゾンジャパン立ち上げ、 Amazon.cn(中国)立上げ、Amazonプライムの立上げ、FBA(Fulfillment By Amazon)の 立上げ、Kindleの立上げ等をリードした。

西野伸一郎◎株式会社富士山マガジンサービス代表取締役社長。明治大学卒業後、NTT法人営業部門にてシステムコンサルタントとして活躍。企業派遣によりニューヨーク大学でMBAを取得し、1998年、株式会社ネットエイジの設立に取締役として参加。米国アマゾン・コム、インターナショナル・ディレクター、アマゾン ジャパンにはジェネラルマネージャーとして立ち上げから参加。2002年7月に日本初の雑誌定期購読エージェンシー「富士山マガジンサービス」設立。雑誌のオンライン書店/~\Fujisan.co.jpスタート。2015年7月東証マザーズ上場。

文=石井節子/福光恵 構成=石井節子

タグ:

連載

アマゾン ジャパンができるまで

ForbesBrandVoice

人気記事