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2019.07.28

白紙撤回された内定書 |アマゾン ジャパンができるまで 第2回

独占連載:アマゾン ジャパンができるまで


岡村がそんな切迫した思いにかられていた12月のことである。

シアトルにいた岡村に、偶然、電話で、のちにそのBK1社長となる石井昭と話す機会が訪れた。「もし起業したら支援してくれますか? 20億円くらいはかかりますが」と聞くと、石井は「わかりました。用意しておきます」と返事するではないか。その電話で、年末に日本で直接会い、オンライン書店をやろう、ということになった。

こうして岡村は2000年1月末でアマゾンを辞め、3月21日にBK1立ち上げに向けて奔走することになる。

ライアン・ソイヤーに、アマゾンを去りたい旨を伝えると、「ジェフにもう1回話したらどうだ、ジェフがお前を採用したのだから」と勧められたというが、「会わずにシアトルを出発しました。──あの1年間は、とにもかくにも、無茶な1年でしたね」と岡村は笑いながら振り返る。



ベゾスの経営力は、とにかく「別格」だった

岡村はジェフ・ベゾスを評して「地球最大の経営力を持った人物」という。

「ベゾスはとにかく別格だった。ともかく、ケタ違いに経営力が高い。1時間の会議を6〜7回したことのある日本人はわれわれ2人くらいだと思うが、正直、一緒に働いている時はよくわからなかった。ベゾスの宇宙的なすごさを思い知るのは、一つのプロジェクトが成功した『後』です」

岡村は、たとえば「アソシエイトプログラム」を発想した2人組に会った時のことを鮮烈に憶えている。

「アマゾンのサイトに外部サイトからリンクを張ってくれた人に、5〜6%のマージンを払ってはどうか。書籍流通は、マージンが22%くらいの薄利なビジネスだが、宣伝費を考えればリーズナブルだろう」と提案した2人に、ベゾスは、「ナイスアイディア! よーし、マージンは15%にしよう」と言ったというのだ。

「どう計算しても赤字になりますよ。マージンが22%しかないのに……」と慌てる2人にベゾスは、「いいんだよ、15%で」とケロっとしている。

たしかに、「そのリンク」から買われた本と、アソシエイトに支払うマージンを考えれば赤字だ。だが、そのリンクをきっかけにアマゾンで本を買う習慣を身につけてしまう新規顧客の数を考えた場合、どうだろう。カスタマー・アクイジションコストとしては決して高くなかったのだ。

アマゾンが現在掲げる「14の原則」のうちの1つに、「Invent and Simplify(新しいアイデアを実行に移す時、長期間にわたり外部に誤解される可能性があることも受け入れる)」がある。ベゾスがこの時、マージンを常識外れの15%と設定したのは、まさに「長期間にわたり外部(この場合は社員たちも含む)に誤解される」可能性を恐れない態度だったのだ。

日本進出に関しても然り。2バイトという技術的な絶対障壁があり、しかも人口がアメリカの半分もない極東の島国を次の進出国とし、日本からやってきた2人の青年をとりあえず雇ってしまう。それを、社内の一時の反対をものともせず、ベゾスは実に飄々とやってのけたのだ。

──岡村・西野は20年前を振り返り、「お互いがいなかったら、身一つでシアトルになんか絶対に行けなかった。行ってからもシアトル本社のあの混沌の中、やっていけた気は絶対にしない」と異口同音に話す。

こうと決めたら徹底的に調べ上げ、情熱をたぎらせて困難を突破する岡村。まだ日本では珍しかったMBAホルダーである上、アメリカ人とのコミュニケーションがうまい西野。2人がタッグを組んでこそ、「信濃川プロジェクト」は公式な「ジャパンプロジェクト」に成長を遂げたのである。

だが岡村という朋友を失った西野の肩に、日本上陸までの苦難はより重くのしかかっていく……。
(敬称略)

連載:アマゾン ジャパンができるまで(第3回は8月1日公開)




岡村勝弘◎有限会社トレジャークエスト代表取締役。グロービス・パートナー・ファクルティ。京都大学卒業後、農林水産省、リクルートを経て株式会社Y&Kカンパニーズを起業、代表取締役社長就任。その後株式会社アクセスでiModeの事業開発を行う。アマゾン・ドット・コム、インターナショナル・ディレクター、日本進出責任者となる。2000年、オンライン書店BK1設立。著書に『ロンおじさんの贈りものー30日間ビジネス・レッスン』(2003年、ビーケイシー刊)など。

西野伸一郎◎株式会社富士山マガジンサービス代表取締役社長。明治大学卒業後、NTT法人営業部門にてシステムコンサルタントとして活躍。企業派遣によりニューヨーク大学でMBAを取得し、1998年、株式会社ネットエイジの設立に取締役として参加。アマゾン・ドット・コム、インターナショナル・ディレクター、アマゾン ジャパンにはジェネラルマネージャーとして立ち上げから参加。2002年7月に日本初の雑誌定期購読エージェンシー「富士山マガジンサービス」設立。雑誌のオンライン書店/~\Fujisan.co.jpスタート。2015年7月東証マザーズ上場。

構成・文=石井節子

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