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地方の現場から見た教育の今

krisanapong detraphiphat / Getty Images

私が大学を卒業してすぐ、新採用の学校で真っ先に教わったこと。それは出勤簿への押印だった。朝、学校に来たらまず校長室へ行き、校長の机の前にある置いてある出勤簿に押印する。いわゆる朝の儀礼・儀式だが、新卒教員だった私はそれが普通だと思っていた。

ところが、次に異動した学校では出勤簿が職員室に置かれていた。そして、月末になると教頭が「今月の出勤簿を押していない先生は月末なので押しておいてくださいね」と朝礼で言うのである。月末にまとめて10個くらい押している先生もいて、びっくりした。教員の出勤管理は大丈夫なのかと。それくらい昔は大雑把だった。

出勤簿のシステム化と勤務管理

それが15年くらい前、県の指導主事をしていた頃、当時私が勤めていた教育センターなどの職場で電子システム化が行われた。出勤・休暇申請・出張申請などもすべてPCで行うものだ。その時点で出勤簿というものがなくなった。休暇でなく、出張でなく、PCからログインしたら「出勤」という扱いである。朝来たらPCの電源を入れてログインする。それが出勤簿に印鑑を押す代わりの「儀式」になった。

しかしそこに、ここ最近働き方改革の一環として重視されている「勤務時間の管理」という概念はなかった。私は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第19条4により、学校の先生を行政職である指導主事に充てる「充て指導主事」という役職だった。この役職はいわゆる「教諭身分」なので、教職調整額(給料月額の4%)がつき、時間外勤務手当(残業代)がつかなかった。この調整額4%は、昭和41年の勤務状況調査をもとに昭和47年に決められたものである。

教員にはこの「教職調整額」が一律支給されるので、いくら残業しても(させられても)給料は変わらないのである。学校の先生方が何十時間~百時間超残業しても残業代が出ない背景は、この「教職調整額」にある。だから出勤・休暇・出張は管理しても、時間管理という要素がなかったのだ。

その後、県の教育職から行政職に一時出向した。この時点で、私は教員ではなくなり、教職調整額がなくなった代わりに時間外勤務手当がつくようになった。残業する際は事前に内容とともに上司に申請し、承認されると時間外勤務手当が発生する仕組みだ。

つまり、行政職に就いて初めて勤務時間の管理を知ったことになる。私が学校現場の先生をずっと続けていたら、こうした勤務時間管理の仕組みを知らなかったであろう。学校の先生方は、こういう仕組みすら知らないのだ。

文=望月陽一郎

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