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会社員、イタリア家庭料理の道をゆく


ああ、やはり無謀だったのかも。比較的清潔そうなベンチを選んで座るものの、ボローニャ行きの飛行機までの2時間がものすごく長く感じられる。成田から同じ飛行機に乗ってきた日本人も、皆、他の搭乗ゲートへ消えてしまった。

あまりの淋しさと不安に、不覚にも涙が滲み出そうになったとき、ふと、抱っこ紐のなかの息子が両足をぶらんぶらんし始めた。勢いよく私の腰に響くその振動が、なんだか私への励ましのようも思えてきた。もうちょっとだからさ、がんばって歩いてよ、と。

そして、息子のぶらんぶらんに合わせ、「よいしょ、よいしょ」と声を出しながら搭乗ゲートを通り、イタリア人で溢れるシャトルバスのなかに1歩入った瞬間、私たちを取り巻く空気が、それまでとは明らかに一変した感覚を、今でもはっきり覚えている。一斉に席を譲ろうと腰を浮かす人の動き、私たちに注がれる視線の柔らかさ……。この違いは何なんだ。

程なくバスは飛行機の前に到着するも、ゆっくり最後に搭乗しようと、すべての人が降車しきったところでバスを降りようとすると、誰1人と搭乗することなく、タラップの下でたむろしている乗客たち全員が、私たちを見ているのだ。な、なに!?

「子供が先よ。さあ、どうぞ」いちばん手前にいた女性が促してくれた。ああ、これがイタリアなのだ。この温かい空気を感じ取ったのは、言葉もわからない息子だって一緒だろう。機内に腰を下ろすと、なかなか寝付けなかった今までが嘘のように、安住の地にたどり着いたかのような寝息を、私の胸のなかで立て始めた。

乗り込んでくる乗客たちは皆、細い髪が真上に向かってツンツンと伸び始めたこの時期の息子の逆立ち毛を、「リッチョ(=ハリネズミ)! リッチョ!」と言って撫でていく。ああ、イタリアに着いたのだ。

ボローニャに降り立った時、自分の足取りの軽やかさに我ながら呆れてしまう。抱っこ紐だってスーツケースだって、余裕の軽さだ。

こうして私は、息子と2人、マリアの家に転がり込んだ。しかし偉大な料理人、マリアから、料理以上にもっともっと大切なものを叩き込まれることになるとは、この時の私はまだ知らないのだった。

連載:会社員、イタリア家庭料理の道をゆく
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文=山中律子

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