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会社員、イタリア家庭料理の道をゆく


最初はとっても怖いおばさんだと思っていた。私のことをお荷物に感じているに違いないと思っていた。でも何かにつけて私をちろりと睨むのは、1人だけ言葉が不自由な私のことを気にかけてくれているからということに気づく。

「リッツ、ここまでで何か質問は?」マリアと目が合うと、すぐにこの言葉が飛んでくる。しかし質問と言われても、今までの説明の半分以上はわからなかったとはさすがに言えないので、咄嗟に「えっと、ドーポ……(あとで聞きます)」と答えてごまかす。すると、手の空いた時にやってきて、「リッツ、あなたが言っていた質問って、何?」と、私がすべてを理解するまで解放してくれない。

試食タイムの時は、いつも私の近くに座り、自分の郷里や家族の話をしてくれる。なかでも、アートディレクターをしているという一人息子のクリスティアーノの話は欠かすことがなく、恰幅の良い料理の鬼が、息子命のデレデレ母になり、その顔がとても愛らしかったのを覚えている。

目の離せない息子とのフライト12時間半

そんな4年前のマリアとの思い出を振り返りながら、私は自分を鼓舞するように、10カ月の息子を抱っこ紐に収め、いざボローニャへ。しかし、途中から一切想像することをやめた「起こりうるトラブル」は、やっぱりいろいろと起こるのだった。

飛行機で隣の席になった婦人は「ああ、子連れの隣になっちゃって大ハズレだわ」が顔に出ていて、最初から不機嫌。かたや息子は興奮のせいか授乳してもなかなか眠らず、アーウーとお喋りしていたかと思うと、いつの間にやら勝手に脱いでしまった靴をぽいっと放った先は、隣の席の婦人の足元。彼女は見て見ぬ振りで、もちろん拾ってくれようともしない。

眠いのに眠れない不機嫌さから、息子がちょっとでもふにゃふにゃとぐずり始めると、周囲の誰かがキッと睨みつけるように振り返る。やっと寝息を立て始めたところで、そっとバシネットに横たわらせるも、すぐにムクッと起きてしまって落ちそうになるから、こっちもうかうか寝てもいられない。

当然トイレにも行くことができないのだが、いよいよ我慢しきれず、年配のCAの人に「抱っこをお願いしてもいいですか?」と頼めば「私、子供いないんですけど、大丈夫かしら」と余計なひと言にますます救われない気持ちに。

おっぱいさえあげておけば何とかなった前回は、月齢が小さいがゆえの「手のかからなさ」に救われていただけだったのだ。あれからたった3カ月で、今や思い切りハイハイしてどこへでも這って行くし、離乳食だけではごまかせないほどよく食べる。片時も目の離せない生き物に成長した息子は、いわば、旅をするのに最も手が掛かる時期だったのだ。

12時間半の間、息子はほんの20分、私はまったく一睡もしないままミラノのマルペンサ空港に降り立ったとき、抱っこ紐がいつもより何倍も重く肩に食い込んでいた。そして空港の、汚い、かつ、日本のように赤ちゃんを座らせておく椅子など存在しないトイレに入り、抱っこ紐に息子をくくりつけたまま自分の用を足すべく、ありえない体勢を取った瞬間、疲労と後悔はピークに達するのだった。

文=山中律子

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