明らかに無意味なのだが、しかし政治家にとってはこれはやめられないドラッグのようなものだ。州をまたいで存在するカンザスシティ経済圏にとっては不変でも、知事は自分の政治活動で、「わたしはこんなにたくさんの企業を誘致し、税収効果を上げた。我こそは有能な知事だ」とアピールすることができる。選挙演説では、数字が独り歩きするので、この誘致のほとんどが、「川渡り」だとは誰もわからない。
さらに言えば、カンザスシティは歴史上例をみないほどの好景気によって人手不足が深刻であり、そもそもカンザスシティの外から企業を誘致しようとしても、求人が追い付かず、実現しないはずなのだ。
この無意味な経済戦争にとうとう終止符が打たれた。カンザス州とミズーリ州の2人の知事は、先月、「カンザスシティ内の引っ越し企業についてはインセンティブを払ってはいけない」という法律を、それぞれの州でもうけたのだ。「両州で同時実施される場合のみ、この法律は有効となる」という条件つきだという。
ラスベガス市の誘致合戦
競争が知恵を生んで、繁栄をもたらすというのはビジネスだけでなく、地方行政にもあてはまるというのがアメリカ流の考え方だが、州をまたいで同じ名前の市が競うとなると少し事情は異なる。せめて名前だけはわかりやすくしませんか、といつも思う。
筆者の地元のラスベガス市も、行政は、ラスベガス市の管轄区域と、クラーク郡の管轄地域に分かれ、やはり誘致合戦を繰り広げている。「とてもわかりにくいシステム」だという私自身の腹立たしさを日本人読者のみなさまに訴えたいのだが、要はクラーク郡のなかにラスベガス市が含まれるのに、しかし含まれているのはほぼ地図上のことだけで、行政が違うというポイントだ。
だからラスベガス市という住所があっても、その「管轄する役所」は、ラスベガス市役所の場合と、クラーク郡役所の場合がある。当然、立法も税制も違う。でも登記住所も住居表示もすべて「ラスベガス市」である。「クラーク郡」とは書かない。ほら、わかりにくいでしょう、みなさん!
冒頭での架空の例を使ってみよう。富山市は、富山市役所管轄の富山市と、富山郡役所管轄の富山市と二つ、まったく別なものが同居し、地図上では、富山郡は富山市や隣接する高岡市や氷見市を含んでいるという設定だ(ちなみに、富山郡なるものは実在しない)。アメリカ人でもよくわからないこのシステムのなかで、市役所と郡役所がカンザスシティの話に近似した誘致合戦をしているという複雑性を、嫌悪感とともに覚えていただければそれで十分。
今、日本のIR法案がらみでたくさんの政治家や企業家が、ラスベガス市長を表敬訪問しようとして親書を送るなどしているが、表敬して学ばせてくれと頼む対象の「ベラージオ」や「ベネチアン」や「ウィン」などのメガリゾートカジノホテルのほとんどはクラーク郡の管轄だ。なので、ラスベガス市長はいつも苦笑いし、多忙を表向きの理由にして、そういう依頼を全部かたっぱしから断っている。
何十人もの人間を飛行機のファーストクラスやビジネスクラスで連れてくる視察団のくせに、そのコーディネーターたちの勉強不足ぶりもどうかと思うが、こういうのをミスリーディングというのではないだろうか。
連載:ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信
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