たとえば、Fedexの本社があるメンフィスはテネシー州だが、州をまたいで隣のアーカンソー州に行くと、ウエスト・メンフィス市がある。大リーグのカージナルスがあるセントルイス市は、ミズーリ州とイリノイ州の両方にある。
この極めつけが、200万人の大都市圏、カンザスシティで、ミズーリ川によってカンザス州とミズーリ州で真っ二つに分けられている。もちろん、それぞれに市役所があり、市長がいる。
紛らわしいことこのうえないが、中西部は地元意識が強いところであり、カンザスシティは中西部を代表する歴史ある都市でもあるので、(市町村合併のたびに名前を変える日本と違って)地元民のあいだから名称変更の動きなどはまず起こりそうにない。
地元の人たちは、出身を訊かれると、「カンザスシティ」と言って胸を張る。そして、たいていは、「カンザス、それともミズーリ?」と聞かれることになる。そうすると、自分のカンザスシティのほうが上だとばかりに州名を言い、あたりまえじゃないかという表情を添える。
カンザス州とミズーリ州の経済戦争
紛らわしいだけならたいしたことではないかもしれないが、この10年、このカンザスシティを「戦場」として、カンザス州とミズーリ州が経済戦争を繰り広げてきた。誘致合戦というやつである。
アメリカは州の独自性が憲法で保障されていることもあり、法律や税制が柔軟にデザインされる。そのため、「補助金を出すし、税金を安くするから、うちに引っ越しておいでよ」というインセンティブばらまき合戦が日常的に行われている。
WEアップジョン研究所のエコノミスト、ティモシー・バーティック氏によれば、年間4兆5000億円もの金が、インセンティブとして地元政府によって使われている。かつてこのコラムでも、アトランタ・ブレーブスの新球場の設置に政府が金を払ったケースを紹介したし、最近では、アマゾンの第二本社の立地がどこになるのかが話題になった。
ただ、実際にアマゾンが第二本社をつくったり、テスラが新工場を建てたりということであれば、その地元に確実に雇用が生まれる。すると法人税に加えて、給料にかかわる所得税などの徴税機会が生まれる。さらに、更地に工場が建てば固定資産税がとれる。このように、誘致インセンティブを出しても、それが経済効果、税収増によって元が取れると思ってやっているので、普段はあまり問題にならない。
ところが、このカンザスシティの誘致合戦は別だ。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、この7年でカンザスシティの116もの企業が、10キロメートル平均の引っ越しをし、州境のミズーリ川を越えることで、隣の州のインセンティブの恩恵を受けたと報じている。
このように、「ミズーリ川渡り」が2つの州でエスカレートし、この7年間でミズーリ州サイドは約151億円を支払い、カンザス州サイドは約184億円を払ったという。この企業誘致の費用はどのくらいの費用かというと、一人分の仕事(求人)を隣の州から奪ってくるために、政府が年収にも匹敵する約300万円も支払っている計算になる。しかし、川を渡っただけだから、実際に雇用が増えているわけでもなく、従業員の生活も不変だ。