街なかでできた複数のつながりが重なり合う
ゲストハウスの利用者は、スタッフの案内で周辺の温泉施設や飲食店を利用し、朝食には近隣で購入した干物をBBQグリルで焼いて楽しんでいる。中には街で知り合った気の合う住民と、一緒に飲みに行くケースもあるそうだ。
カフェなど1つの店舗で完結するのではなく、街全体をサードプレイスにすると、利用者にとってどのようなメリットがあるのだろうか。
「サードプレイスのメリットは普段の肩書やバックグラウンド関係なしに人とつながることができる点にありますが、それをたとえば都内の1つのカフェでやろうとすると、周辺の人々の層はある程度固定化しているため、多様性はそこまで望めません。その点、熱海のように人の出入りも多いコンパクトな街をサードプレイスにすると、日常では触れられないようなさまざまな価値観に接することができ、しかも複数の場所のつながりが重なり合ってくるんです」
また、人口減少、少子高齢化、空き家率の増加など、課題先進地と言われる熱海だからこそ、ビジネスパーソンにとっては自身の価値を発揮できる機会にもつながっていくという。
「とりあえず週末だけでも熱海に通い、そこでの出会いをもとに複業やプロボノとして地域課題に取り組むと、結果的に本業にもプラスに働くという声を聞きます。machimoriにも会社員をしながらまちづくりに関わり続けた結果、取締役として完全にジョインしてしまった人もいますし、キャリアを構築する上でもサードプレイスとしての“街”の存在は良い影響を与えるのではないかと思います」
5年、10年先を見据えてじわじわとファンを増やす
1つの街に繰り返し訪れ、街なかの複数のコミュニティにつながるようになれば、当然街全体に対する愛着も生まれてくる。市来氏は、街の文化をつくる観点からも「じわじわとファンを増やすことが大事」と話す。
「昨今話題となっているオーバーツーリズムの問題は、観光客が“急激に増える”のが良くないんじゃないかと思っています。お金をかけてプロモーションして人を増やそうとすると、急激に人が押し寄せるようになり、どうしても今までの文化ややり方が破壊されてしまう。そうではなく、満足度を高めてリピートしてもらったり、利用者のクチコミで広めてもらったり、地道にファンを獲得していけば、サポーターやプレイヤーになってくれる人も増えます。そういう人は文化を守りながらアップデートしてくれますし、たとえ熱海が再び衰退しても、この街に関わり続けてくれるんじゃないかと思います」
一度は衰退を経験したからこそ、観光に頼り切ることはしない。ファンを増やし、関わる人を増やしながら、焦らずに5年、10年先を見据えて街の魅力を向上させていく。市来氏をはじめ、熱海のまちづくりに取り組む人々は“観光バブル”とも言える現状にも冷静だ。
政府が観光立国を唱える中、地方はどのように魅力を高め、人々を引き付けていけばよいのか。熱海には、これからもまちづくりのロールモデルとなってくれることを期待したい。
市来広一郎◎熱海まちづくり会社machimori代表。1979年、熱海生まれ熱海育ち。IBMビジネスコンサルティングサービス勤務を経て、2007年に熱海にUターンしゼロから地域づくりに取り組み始める。2010年にNPO法人atamista設立後、2011年には熱海の中心市街地再生のための民間まちづくり会社、株式会社machimoriを設立。2012年に空き店舗を再生し、カフェ「RoCA」(現在は「シェア店舗RoCA」)、2015年にはゲストハウス「MARUYA」、2016年にはコワーキングスペース「naedoco」をオープンし運営するなど、熱海のリノベーションまちづくりに取り組んでいる。8月には新たなゲストハウス「ロマンス座カド」をオープン予定。著書に『熱海の奇跡』(東洋経済新報社)がある。