ピクサーの文化について話すとき、堤は何度も「信頼」という言葉を繰り返す。
「ピクサーの良さは、どれをとっても最終的に上層部が社員を信頼しているというところに帰着します。そうでないとノーツデーのような社員への信頼を前提にした企画は成立しないです。前所属の制作会社では、良いものを求める気持ちが強いことはあまり喜ばれなかったのですが、ピクサーではそれが優遇されました。良い映画を作るために妥協しないという点で、社員もピクサー上層部も目的が一致していました。それは創業メンバーが作ってきた文化で、この会社にいるとトップの顔がはっきりとわかり、責任の所在がわかる。そしてクリエイターが信用されていると感じられるのです」
エド・キャットムルはよくこう言ったという。
「人は失敗から学ぶのだから失敗してもいいじゃないか。だからやらせてみる」
堤が続ける。「託した方が才能ある人たちは伸びるのです。また多くの映画会社は流行りを後追いし安全パイばかり狙いがちですが、それではまるで受験勉強の対策のようになってしまっていて、大ヒットはなかなか出ない。大ヒットを生むのは、成功するかわからないけど、成功したらすごいという期待とドキドキ感があるもの。そのために自分や部下だけでなく、良いものを作り続ければ必ず応えてくれるだろうとお客さんや市場をも信頼するのです」
堤には、このドキドキ感が必要不可欠だと感じた瞬間があるという。堤がピクサーに在籍しながら自主制作映画を作っていた時のことだ。今までのようにアートディレクターとしてではなく、監督として関わり、初めての立場にどうなるかわからない。まさにドキドキである。その小さな作業現場にエドが訪ねてきた。エドはゴミ溜め場のような入り口を見て、創業時の自分の姿と重ね合わせ、羨ましそうに「この瞬間を忘れるなよ」と言ってくれたという。
堤はクリエイターとして、このドキドキから逃れてはいけないと思い、その後独立に至る。 「エドは私にとって理想のリーダー像です。ピクサーの成功の秘密を挙げるとしたら、エドがその秘密ですね」
堤 大介◎東京都出身。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。『アイスエイジ』や『ロボッツ』などのコンセプトアートを担当した後、2007年ピクサー入社。14年ピクサーを去り、トンコハウスを設立。