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また、俳優として人気が出れば出るほど、仕事を選んでくれたり、スケジュールを管理してくれたり、たくさんの人が守ってくれるようになります。俳優業に集中でき、さまざまな経験ができるようになる一方、社会から離れていくような感覚がありました。少し心配し過ぎだったかもしれないですが、20代の頃から、自分で考えて動き、学んでいかなければ、いつか親になったときに困る日がくるんじゃないか。そんなことも当時は思っていました。

もちろん、新しい場所に飛び込むことは簡単ではないですし、大変です。僕は石橋を壊れるくらい叩いてから渡る性格ですが、このフィールドで挑戦すると決めたら実現までとにかくやってみようとするタイプでもあります。

特に初めて会社を立ち上げた直後は、家族もいるし社員も抱えていたので、「絶対に会社を潰しちゃいけない」という責任感から、人のことやお金のこと、会社経営のこと、とにかく必要だと思うことはとことん勉強しました。

他の誰にも負けない才能は、家族を大事にすること

「自分に才能があるとしたらなんだろう」
「自分には何ができるんだろう」

この問いは、突き詰めたら、「自分は何のために生まれてきたのか」となっていきました。実は、小学生の頃からこのようなことをよく考えていたのですが、その答えはなかなか見つかりませんでした。人生経験が少ないからあたりまえですよね。ただ、いつかあったかい家庭をつくるという夢は既に見つかっていました。

子どもの頃から、何か目標を決めたらひたすらそれを叶えるために頑張って、ある程度の結果を得てきたところはあるかもしれません。例えばサッカーは、プロを目指してやっていました(高校3年生の時にレギュラーMFとして出場した第81回全国高等学校サッカー選手権大会では、ベスト4に輝いている)。怪我もあってプロにはなれなかったけれど、国立のピッチに立つ目標は叶えられました。

俳優の世界に飛び込んだときも、「やるからには映画やドラマで、主演を任せてもらえるくらいにはなる」と決めて(映画「ドロップ」や「BECK」ドラマ「メイちゃんの執事」などで、主演を果たしている)、有難いことに、それも実現できました。

文=伊勢真穂、写真=小田駿一

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