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(写真左から)奈良クラブ代表取締役副社長の矢部次郎、GMの林舞輝、代表取締役社長の中川政七

2018年11月、日本の工芸業界を変えた気鋭の経営者が、サッカークラブへと異例の転身を果たした。停滞するクラブを変え、奈良に新たな灯をともすために。軸となるのは、確固とした「ビジョン」に基づく「目標設定」だ。


「一言で表現すると『奈良に火をつける』ということ。もう少し丁寧に言えば、奈良の街をいかによくするか、真剣に取り組もうと思った時に、奈良クラブという選択肢だったんです」

そう語るのは中川政七。地元奈良で300年を超える老舗、中川政七商店の13代目である。2002年に家業に入った中川は、麻織物を中心に製造・卸を手がけていた事業モデルを転換し、国内の工芸業界で初めてSPA(製造小売業態)を確立。売上高13倍増という成功に導いた。その彼が、サッカークラブの経営に乗り出したことは、業界内外で波紋を呼んだ。「引退後の道楽なのではないか」と揶揄されることもある。だが、本気だ。「10年くらいしたら、『だから奈良クラブをやったんだね』とわかってもらえると思っています」。

新たに社長に就任した奈良クラブは、現在3部まであるJリーグの下にあるプロアマ混在のJFL(日本フットボールリーグ)に所属している。前身のクラブを引き継ぐかたちで奈良クラブとして活動し始めたのが08年。ほぼ資金ゼロから始め、今は2億円を超える予算規模にまで大きくなった。その一方で、成績面ではJFLで年間成績4位以内というJ3昇格条件を超えられず、ここ4年間は足踏み状態が続いている。同時に、Jリーグが定めるホームゲームでの平均観客動員数2000人には一度も届いていない。



クラブ副社長の矢部次郎は、「なかなか昇格争いできていない現状があり、何か変化を加えていかなければと感じていました」と語る。矢部はもともとJリーガーとして活躍し、引退後に奈良クラブに加入。一時期は選手としても復帰した。その後は監督やゼネラルマネージャー(GM)、経営まで務めたが、すべて一人で担うことは並大抵のことではない。10年に共通の友人を介して中川と知り合った矢部は、以降、彼から経営のアドバイスをもらったり、クラブスポンサーになってもらったりと、パートナー関係を築いてきた。中川の説く方法論が役立つと確信し、それが今回、一緒に奈良クラブを経営するきっかけになった。

工芸にもサッカーにも共通する方法論

その核となるのが「ビジョン」を軸としたチームづくりである。「まずビジョンがあって、それを達成するためにすべてを動かしていくという方法論は、工芸の領域でも、奈良クラブでも完全に一緒だと思っています」と中川は話す。「ビジョンがないと何も始まらないんです」。

中川政七商店は08年に「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、工芸業界に特化した経営コンサルティングを展開。全国の工芸関係者を結集させた合同展示会「大日本市」や、地域の事業者やクリエーターが対象の経営塾なども実施してきた。こうした取り組みは、文字通り日本の工芸を活性化させ、中川政七商店自身の存在価値をも高めた。結果として、自社の飛躍的な成長を後押しする一つの要因になった。



そして今回、中川たちが打ち立てた奈良クラブのビジョンは、「サッカーを変える 人を変える 奈良を変える」である。サッカーを通じて人の成長に寄与し、人を変えることで奈良に良質なコンテンツを生み出す。その結果として、奈良をより魅力的な街にしていくというものだ。中川は、来季のJ3昇格、5年以内のJ2昇格、そして10年以内に「J1であっと言わせる」という具体的な数値目標をぶち上げた。

文=吉村憲文 写真=佐々木 康

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