「ビジョン」をいかに落とし込むか サッカー「奈良クラブ」の挑戦

(写真左から)奈良クラブ代表取締役副社長の矢部次郎、GMの林舞輝、代表取締役社長の中川政七


ビジョンが決まれば経営は「楽」

「すべてビジョンから決まるんです。アカデミーもトップチームも、すべてはビジョンを達成するための要素なんです」と中川は強調する。「それが分解され、具体的な目標が数字に落とされて、何をしなければいけないかが見えてくる。すべてはつながっていなければいけないんです」。つまり、チームの意義目標であるビジョンが明確に設定されて初めて、具体的な数値や行動の目標は意味をもつ。メンバーたちは、その意義から遡り、自らやるべきことを考え、実行することができる。そして、その成果は必ずチーム全体の成長に帰結するのだ。



ただし、すべてがすぐにリンクするわけではない。奈良クラブは今季開幕後、第7節を終えてJFL16チーム中11位。観客動員数も、ホーム主催の3試合で平均2000人を超えた試合はひとつもない。それでも、中川は強気だ。「スポーツ業界の経験が全くないので、初手ですから外すこともあります。でも、そこは真摯に受け入れて修正するだけ。迷いはないですね」。

自信の背景にあるのは、やはり家業での経験。中川自身、入社した02年からビジョンの必要性を感じるまで数年を要し、実際に「日本の工芸を元気にする!」を完成するまで5〜6年、社員全員のマインドにしみ込ませるまでにはさらに5年を費やした。一方、奈良クラブでは、社長に就任して早々にビジョンを打ち出している。「僕の中では、構造としてビジョン、戦略、戦術、戦闘という順になっているのです。だから、ビジョンが定まると経営がすごく楽。すべての判断はビジョンに資するかどうか、次に、それは経済的にプラスになるかどうか。この2つだけを見ていれば、やること、やらないことを決められるんです」。

大切なのは、クラブの全員がビジョンを理解し、それぞれが体現する行動を取り続けていくことだ。経営、競技、アカデミー、N.ROOM……。そのすべてがひとつのビジョンのもとに収斂していく。「僕がやるべきは、この体系をしっかりとつくり上げて、みんなにしみ込ませて、自分の頭で考えて動ける組織にしていくこと。そうすると、必ずいいクラブになるんですよ。そして、いいクラブは必ず勝てるんです」。

まずは10年。「だから奈良クラブをやったんだね」といわれる日がくることを目指して。




奈良クラブ◎1991年に「都南クラブ」として創設されたサッカークラブ。2008年にチーム名を改称。奈良県リーグ、関西サッカーリーグを経て、現在は日本フットボールリーグ(JFL)に所属している。

矢部次郎◎奈良クラブ代表取締役副社長/NPO法人奈良クラブ理事長。現役時代は名古屋グランパス、サガン鳥栖などで選手として活躍。2007年、地元の奈良クラブに加入し、GMや監督などを務めチームを牽引。

林 舞輝◎1994年生まれ。欧州の大学・大学院でサッカーのマネジメントや指導法を学び、在学中に英チャールトンFC、ポルトガル・ボアヴィスタFCの下部組織で指導を経験。2018年、奈良クラブGMに就任。

中川政七◎奈良クラブ代表取締役社長。中川政七商店の13代目。工芸の世界で初めてSPA業態を確立し、2015年に「ポーター賞」、16年に「日本イノベーター大賞」を受賞。18年11月、異例の転身を果たした。

文=吉村憲文 写真=佐々木 康

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