ビッグデータから「予測の時代」へ クオンツが生命工学も変える


ワールドクオントは、科学を学んだ新入社員に迅速に金融の手ほどきをする方法を知っていた。そこで、ワールドクオントの研究者を何人かメイソンの研究室に預け、彼のところにいる大学院生や博士研究員(ポスドク)を私のオフィスで預かってはどうか、と提案した。数量ファイナンスと数量ゲノミクスを混ぜることで、どちらの世界でも使われている技法を向上させようとする“実験”とでも呼ぼうか。

こうして、私たちはアイデアを実行に移した。17年の春、ワールドクオントは500万ドルを寄付して「量的予測のためのワールドクオント・イニシアチブ」をワイル・コーネル医科大学に設立し、協力関係を深めた。 「このイニシアチブは、がん生物学のビッグデータと、マイクロバイオームと、メタゲノミクスと呼ばれる研究分野(人間の腸内や土壌など、ある場所に存在する微生物集団全体のゲノムを扱う研究分野)のビッグデータ、つまりヒトと微生物の両方のゲノムすべてのビッグデータを融合させる、初の取り組みになる」(メイソン)。

またメイソンは、予測アルゴリズムに熟達したワールドクオントの研究者を自分の研究室に客員研究員として受け入れることに同意した。彼らはデータ科学者として働くことになる。ゲノムのデータセットにどっぷり浸かり、新しいアイデアを考案するのが彼らの使命だ。メイソンのほうも研究者をこちらに送り、ワールドクオントのデータに対するアプローチを学ばせている。

それぞれの組織が持つ優れた頭脳やアルゴリズムを組み合わせることで、疾病の予防法と治療法への理解を深めると同時に、ワールドクオントのアルファ研究を向上させられると期待している。

暮らしを豊かにする医療の“民主化”

メイソンたちは、膨大なゲノムデータの中から何を見つけ出そうとしているのだろうか?

彼らは要するに、ゲノム配列と遺伝性疾患の対応関係を特定したいのだ。それをもとに予測アルゴリズムを組み立てられるような関係である。生物学用語を使うと、遺伝子型(ゲノムの配列)は、表現型(性質や特徴といった遺伝型の物理的な発現)にその姿が反映されることが多い。その場合、発現した形態からそのゲノム配列の機能を判断することになる。

学べば学ぶほど、ゲノムはより複雑になっていく。解析によって、個々のゲノムには、遺伝子全体の配列が繰り返されている部分や、飛び回って位置を変える転位因子というDNA配列が含まれている場合があることが分かっている。

人間の成長や神経系の機能が精密さを要することを踏まえると、ヒトゲノムには機能が重複する遺伝子の例が数多く存在していたか、あるいは、崩壊し得る不可欠な遺伝子構造が非常に少なかったか、ということになる。メイソンは前者だと考えている。ヒトゲノムの多様性と変異は、なぜ今日の治療の大半を占める画一的な治療が効かなかったり、失敗に終わったり、副作用をもたらしたりするのかを解き明かす手がかりになる。

また、迅速かつ安価なゲノム解析によって進む個別化医療が、メイソンのような研究者たちにとって研究の試金石であり続ける理由もそこにある。ゲノム解析が、個々人のゲノム情報へのアクセスを提供するからだ。費用もかつての1000ドルから100ドルに値下がりしつつあり、医療を民主化する力となる。コンピュータとアルゴリズムは、そういったゲノム情報からパターンを検出し、将来の傾向を突き止めることができる。

すでに、特定の薬剤に対する個々人の反応を示す遺伝子マーカーが見つかっており薬理学とゲノミクスを融合させた「薬理ゲノミクス(疾患の遺伝的特徴や患者の遺伝子情報にもとづく創薬や薬剤投与の研究)」によって、より有効でより正確な個別化医療が期待されている。

まだ発展途上にあるとはいえ、精密医療には進歩するチャンスがある。精密医療は、それほど遠くない未来に、徹底的にデータ主導でカスタマイズされた予測型の医療が訪れることを示唆している。
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文=イゴール・トゥルチンスキー イラストレーション=アレクサンダー・ウェルズ / フォリオ 翻訳=木村理恵

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