開発営業部には、現在8名が在籍している。彼らはそれぞれ、アキレスの事業であるゴムボートや断熱材、フィルムなどの分野に長年携わってきた専門家だ。その自分の強みを活用しながら、現場の課題を吸い上げて新たな事業の種を考えるのがミッションで、ただ考えるだけではなく、工場に掛け合い実際に製品開発までも担当する。
開発した製品のひとつが熱中症対策の「エアーテント」だ。これは工事現場で使うための冷却効率の高いテントで、持ち運びが容易な折り畳み式にもなっている。
開発に着手した背景には、高層ビルの建設現場での課題があった。高層階で作業する作業員は、通常であれば休憩の際に地上の休憩室に降りていかねばならないが、移動時間を多くとられる。そこで、開発営業部のメンバーは高層階に断熱性に優れた休憩用テントを設置できないかと考えた。そして、テントを販売する事業部と断熱材を手掛ける事業部を掛け合わせ、新たなテントの開発に乗り出したというわけだ。
そんな開発営業部にはどのような人材を抜擢したのか、伊藤に尋ねた。 「アンテナの感度が高い社員です。起きていることをスルーせず、きちんと気がつくことのできる人。例を挙げると、たとえば地球温暖化が進む中、いま北海道ではこれまでは作れなかった農作物が生産できるようになっています。では逆に、これから南の地域はどうなっていくのか。暑くなるので、農業に冷却技術が必要になってくるかもしれない。それならば、アキレスとして断熱材を使った新しい何かを提供することができるかもしれない。そんなふうに、きちんと気づけていけるかどうかが重要です」
伊藤はつづける。
「ほかにも、今は荷物の再配達問題がありますが、たとえば冷凍品を保管できる冷蔵機能付き宅配ボックスが必要ではと考える。そうなると維持管理のコストを抑えるために、その宅配ボックスはできるだけ熱が遮断できるようなものがいいだろう。ならば、断熱性に優れたアキレスの素材を適用し、製品を作ってみてはどうだろう。これも気づきのひとつです」
話は逸れるが、アンテナの感度は小説家にも共通する必須の要素だ。自作で例を挙げると、以前こんなことがあった。あるとき新宿を歩いていると素手で大根を持って歩いている人がおり、近くにスーパーもないはずなのに、それも素手で、なぜなのだろうと違和感を覚えた。そこから空想していって、あれは大根を刀のように扱って戦う侍だったのではなかろうか、あの人は刀としての大根を携えて街中を闊歩していたのでは、と考えた。拙著『夢巻』収録の「大根侍」の創作経緯だ。
ビジネスのヒントも、小説のヒントも、ここではないどこかに存在しているのではない。今ここ、ありふれた日常の中に転がっていて、それに気づくことができるかどうかが分かれ目なのだ。