スマホにスマートスピーカー、お掃除ロボットに自動運転車、ゲノム編集に植物工場。これらはひと昔前には奇想天外で荒唐無稽、口に出せば一笑に付されるようなものだった。その一方で、中には何十年も昔から、近未来を描いたフィクションに登場しているものも多くある。
それらフィクションが未来を予言した、と言えば大げさかもしれないが、フィクションが現実世界を刺激して、現在という「未来」をつくることに寄与してきたのは間違いない。いわば、誰かの空想や妄想がイノベーションの種となり、未来をつくる一端を担ってきたというわけだ。
私は、ショートショート(以下SS)と呼ばれる小説スタイルに特化した「SS作家」を名乗って活動している。SSとは簡単に言うと何らかのアイデアを含む短い小説のことなのだが、執筆活動の中では企業と組んで、その業務領域にちなんだ近未来の空想小説を描くことも多くある。
この連載は、そんなアイデアを生業にしている小説家が、実際に素晴らしいアイデアで未来を切り拓いている企業を訪問し、イノベーションについて考えを深めていくのが趣旨である。
1回目の今回は、数々のアイデア溢れる製品を開発しているアキレスに伺い、社長の伊藤守から話を聞いた。
ところで、アキレスといえば、速く走れる子供向けシューズ「瞬足」の印象が強いという方も多いだろう。しかし、アキレスにおけるシューズ事業の割合は15%程度であり、じつはおよそ85%をシューズ以外の事業が占めている。たとえば、国産ベッド用ウレタンの約50%はアキレスが製造しており、災害時などに使用されるゴムボートでは国内で60%を超えるシェアを誇っている。ほかにも壁紙や断熱材、ソファーや椅子の中のウレタンなど、アキレス製品は一般家庭にも浸透している。一言で言えば、プラスチックの加工技術を中心とした総合プラスチック加工メーカーがアキレスなのだ。
そんなアキレスには、とても興味深い部署が存在している。事業部を横断して製品開発を行っている「開発営業部」である。
5年ほど前にその立ち上げを行った伊藤は、こう語る。 「開発営業部をつくったのは、新しい事業を育てるためでした。これまでのアキレスには、技術がありながら、うまく別の事業に展開していけないようなところがあった。そこで、事業部間の橋渡し役になり、技術を横断的に展開していく部署をつくるべきだと考えたのです。まだまだ種を蒔いている段階ですが、ここから有望な芽が出てくれば事業として育てていって、ゆくゆくはアキレスの柱のひとつにしていきたいと考えています」