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「起こりえる最悪のことは何かといつも考えていました。それは、相手に『ノー』と言われることです」と、ウィリアムズは話す。だが、たいていは「イエス」と言われた。ベリタスは、今ではハーバードで最大級の学生グループに発展している。

「部外者だからと遠慮してもいい」と、ウィリアムズ。

「でも何か手を見つけて、人々の予想を裏切ることもできます」

ウィリアムズが2学年上のジョシュア・クシュナーと知り合ったのもハーバード大学時代だった。2人が親しくなったのは、ウィリアムズが大学3年生を終えた夏休みのことだ。ジョシュアの最初の就職先だったゴールドマン・サックスで、ウィリアムズがインターンをすることになった。4年生の時には、NBAチームのフィラデルフィア・セブンティシクサーズを買収しようとしていたジョシュアの父、チャーリー・クシュナーが、ウィリアムズにその仕事を手伝わせた。買収には失敗したが、ウィリアムズはクシュナー親子の心をつかんだ。

「それからはチャーリーやジョシュアに日常的に連絡を入れるようになった」と、ウィリアムズは言う。

この時期の前後に、ウィリアムズは初めて不動産ビジネスに手を染めた。金融危機のさなかの09年にアトランタを訪ね、市価24万ドルの一戸建てがわずか6万ドルでオークションに出されているのを見たのだ。そこでアトランタ育ちの学友と手を組み、ハーバードの学生やその親から資金を集めて、投げ売りされていた不動産を現金で買った。チャーリー・クシュナーもその最大の出資者の1人だった。

10年に卒業すると、ウィリアムズはゴールドマン・サックスのアナリストになった。その2年後には、世界最大級の資産運用会社ブラックストーンに転じ、ホテルや高級マンションの取引に携わった。その間ずっと、ウィリアムズは顧客の声に耳を傾けた。聞こえてきたのは、投資対象の不動産を個別に選ぶことができなかったり、キャッシュが必要になっても持ち分を売却することができなかったりすることに対する出資者の不満の声だ。それに、不動産投資に特有の高い手数料にも、彼はイヤでも気づかされた。

一方、米国議会は12年にスタートアップによる資金調達の規制を緩める「JOBS法」を通し、ポータルサイトが不動産を対象にクラウドファンディングを行うことを可能にした。「不動産とITを一つにまとめれば、大きなチャンスが開けると感じた」と、ウィリアムズは言う。

「話をしてみたい8〜9人をリストにしました。その筆頭がクシュナー一家でした」

ジャレッドはすでにクシュナー社の取引のための資金をオンラインで調達するというアイデアを検討していた。だがウィリアムズはより大きな野心を抱いていた。数多くの不動産会社が参加可能なウェブ上のシンジケートを作ろうとしていたのだ。

文=ネイサン・ヴァルディ 写真=ジャメル・トッピン 翻訳=町田敦夫

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