こうして自らがオーナーとなった店で、彼は、それまでに経験のないサービスの仕事をすることに決めた。契約をする段階で、店には、オーナーがシェ・マルセルを買い取った25年前からずっと厨房を担ってきたシェフがいたからだ。
ピエールは、3ツ星の「ル・ブリストル」で、部門シェフのポストにつき4年を過ごしたキャリアがありながらも、厨房はシェ・マルセルの料理をつくり続けてきたシェフに任せ、自分はフロアに立つことにした。
「最初は不安だったよ」というピエールのサービスはなかなかに熱い。厨房で働くのと違い、「フロアに立ったらすべてが見えた」と、彼は、毎日、店のなかで起こることに注意を払いつつ、ファンシーな花柄のシャツを装い、自分なりのやり方でゲストを迎え続けた。
結果、前オーナー時代からの常連も含め、近辺に数社ある出版社の編集者や、ギャラリスト、実業家に政治家が日々通うようになった。夜は界隈の住人も多い。ともすると観光客で溢れそうな店なのに、外国語を耳にすることはそれほどなく、店内にはフランス語が響いている。
必ず注文するシャンピニオンのサラダ
店のメニューは、ブション料理(リヨンのビストロ料理)が軸になっている。それは1956年にこの店を開いた初代オーナー、マルセルさんがその地方の出身だったからだ。彼の父親はボジョレー(リヨンの北)でぶどう栽培をしていた。「スペシャリテ・ボジョレーズ」と銘打った初代シェ・マルセルのメニューが今も店に残る。
メニューは受け継がれ、クラシックなポロ葱のビネグレットソースや自家製テリーヌに混じって、前菜にはピスタチオ入りのリヨン風ソーセージと蒸したじゃがいも、メインでは川カマスのクネル・ナンチュアソース、リヨン風アンドゥイエットが連なる。
チーズの項目もしっかり残されており、リヨンではデザート代わりにとてもポピュラーなセルヴェル・ドゥ・カニュ(フロマージュ・ブランにニンニク、エシャロット、ハーブを刻んで入れ、オリーヴ油と白ワインビネガーで和えたもの)もここでは食べられる。
2012年からは、数品、ピエールの料理も加わった。
定番の中でいつも頼みたくなるのは、アーティチョークのビネグレットソースだ。1枚1枚むしりながら食べる楽しみもさることながら、マスタードがびしっと効いたソースに、刻んだシブレットの組み合わせは、私にとって、まさにクラシックなフレンチの味である。
そして、ほぼ必ず注文するのがシャンピニオンとハムのサラダ。これはピエールのレシピで、生クリームを加えたヴィネグレットソースで和えた、家でもつくれそうな、とてもシンプルなサラダなのだけれど、何度食べても一度も期待を裏切らない。独り占めしたいおいしさなのだ。