ライフスタイル

2019.07.14 12:00

セピア色の店内に、クラッシックなフレンチの味、パリで味わうリヨンの料理

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初めて訪れたときに、「ウディ・アレンは、『ミッドナイト・イン・パリ』を撮る前に、ここへはロケハンに来なかったのかなあ?」と思った。店内はナチュラルにセピア色をしていた。まるで映画のセットのようだった。

「Chez Marcel(シェ・マルセル)」の主人であるピエールは、私が2011年に上梓した「パリのビストロ手帖」という初めての著書に登場している(告白しないといけないのは、私のミスで、彼の名前を「フランソワ」と記してしまった)。

取材した当時、彼は、まだシェ・マルセルではなく、ポトフのおいしいビストロのセカンドシェフを務めていた。私は温かみと色っぽさが同居した大人の雰囲気なその店が大好きで、一時期、通っていた。

しかし、その頃、私は3冊の本を出す予定で、他にも食べるべきものがたくさんあり、食事に行くことができないまま数カ月が過ぎた。そして久しぶりに出向いたら、ピエールはいなくなっていた。そのせいか、ポトフの盛り付けは以前と明らかに違っていた。その後も何度か再訪したが、私が惹かれに惹かれたポトフがもう出てくることはなかった。

なので、何かの記事でピエールと彼の店について見つけたとき、すぐに確かめに行った。それが、シェ・マルセルである。2012年の12月のことだ。紹介されていた記事の写真のなかでピエールはコックコートを着ていなかった。実際、彼はフロアに立ち、客をもてなしていた。

3つ星で働いた料理人がフロアに立つ

ピエールがこの店を買い取ったのは2012年の春、まさに電撃的だったという。彼は、ポトフのおいしかったビストロから、同じオーナーが経営する別の店に異動となりシェフを務めていたが、そこを辞め、5週間の旅に出て、ある日曜日、パリに戻った。

月曜の朝、店の物件を扱う代理店に電話をしたところ、すぐに紹介されたのがシェ・マルセルだった。その日のうちに見に訪れ、オーナーにも軽く挨拶をし、そのうえで代理店にアポイントを取って欲しいと依頼。火曜の朝にあらためてオーナーと面談。夜には家族でディナーに出かけて、翌日、水曜の朝には売買契約を結んだ。

そのときにピエールは、「受け渡しとなるまでの3カ月間、常連客や、料理のこと、ともかくこの店についてできる限りを知りたいから、無償で働かせてほしい」と頼んだ。すると、オーナーは「僕も25年前に、いま君が言ったのとまったく同じことを、前のオーナーに言ったよ」と答えたという。

「人生の喜びがここにはあると思った。オーナーにも場所にもひと目惚れだったんだ」
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文・写真=川村明子

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