転職先はNHK。記者として、いつかは東京の政治部か経済部に行き、世の中のダイナミズムを感じる取材をしてみたい。入局当初のそんな思いとは裏腹に、再び事件記者の本領を発揮することになる。
最初に赴任したのは長野放送局だった。2014年、長野県と岐阜県の県境に位置する御嶽山が噴火。長野県警キャップとして取材に明け暮れる中、その奮闘ぶりを応援取材で来ていた東京の社会部に見込まれた。長野で2年勤めた後、異例の早さで東京社会部へ。
そして警視庁担当になった。仮想通貨ビットコインの取引所「マウントゴックス」の巨額コイン消失事件や、巨人選手による野球賭博問題を取材した。「クローズアップ現代」で、当事者である巨人軍のドラフト1位投手に独占インタビューをした。
警視庁担当はいわば社会部記者のエース。その2年間はとにかく大変だった。他社にネタを抜かれると、取材先への「朝回り」や「夜回り」に行く途中の車を停めて何度か吐いたこともあった。それほどのプレッシャーだった。一方で、世間を賑わす巨大事件を追いかける醍醐味も感じていた。
活躍めざましく、警察庁担当になった。香川県警の高松南署担当から始まった事件記者のキャリアは、とうとう記者8年目で警察組織のトップである警察庁担当にまで到達した。「サツ回り」の最高峰。そんな感慨を噛み締める間もなく起こったのが、神奈川県座間市のアパートで男女9人の切断遺体が見つかった、いわゆる座間事件だ。SNSで自殺志願者らにコンタクトを取り、自ら手にかけるという新たな手口に警察組織のトップはどのように対応するのか、目の当たりにした。
彼にとって警察官僚は魅力的に映ったという。国家公務員試験と同時に司法試験にも合格した人物や、人気の外資系金融の内定を蹴って警察庁に入った傑物もいた。政策立案の過程も取材した。
ここでメルカリが登場する。2017年、当時上場が噂される中、様々な議論が交わされていた。警察庁も例外ではなく、個人が中古品を売買するメルカリなどフリマアプリに古物営業法を適用するべきかどうかという議論があった。盗品が出品されるケースがあることが問題視されていた。関係者や既存のリユース業界など様々なステークホルダーの本音を取材した。
「僕はこの件について一番取材していたと思う」と振り返る。取材をする中で彼は大きな衝撃を受けた。「メルカリみたいな、法律や制度すら追いついていない新しいビジネスが人の価値観やライフスタイルをガラッと変えることがあるのだ」と。
取材当時、メルカリのリーガルグループ マネージャーを務めていた城譲(たち・ゆずる)氏が渉外担当をしていた。国交省などを経て楽天の法務に携わっていた人物だ。警察庁担当として取材をする中で、メルカリというサービスが人々の価値観を変えようとしていることに気がついた。