読売新聞→NHK→マカイラ。ある事件記者の転身


出世の階段を一目散に駆け上ってきたように見えた社会部エースの意外な転職。NHKの同僚たちの反応は、と尋ねると、「こいつ血迷ったな、と思ってるかもしれないですね」と笑う。

一方でジャーナリズムへの思いは深い。「福岡県の『海の中道大橋』の事故報道は、飲酒運転の厳罰化を促しました。児童虐待のニュースが出ると、『虐待ではないか』という通報が実際に増えるんです。米国では地方紙がどんどん潰れて、記者がいなくなった自治体では役所の幹部たちが給料を勝手に上げているという報道もあります。僕はジャーナリズムというものを信じています」

NHKを退職するにあたり、初めて実名でフェイスブックに投稿した。

「常々、私は報道機関の役割は『権力監視』と『悲劇再発防止』だと考えていました。一方で、取材行為は言うまでもなく“任意”に基づくものです(取材に応じなければならない義務はないという意味で)。とくに遺族取材においては、多くの若い記者は早々に、最愛の人(我が子)を亡くしたばかりのご遺族の前では『同じような悲劇を防ぐためにお話を聞かせてもらえませんか』という言葉が、いかに独善的な台詞であるかを思い知るものです。私もその一人でした。悲しみに暮れる中、応対してくださったご遺族の皆様に、心から感謝申し上げます。世の中にあふれる悲しみの『なぜ』を速やかに教訓とすることができる社会が実現することを願ってやみません」

彼はこうも話した。「伊藤忠商事が掲げる近江商人の3つの心得、『売り手良し』『買い手良し』『世間良し』ってあるでしょう。僕はこの言葉が好きです。『世間良し』を追求したいんです」



わけのわからない転職だと思っていたが、きっと彼の中では全て1本の線で繋がっているのだろう。

取材の帰り、首相官邸前で待機する記者たちの姿を見かけた。メディア環境が激変する中、変わらないジャーナリズムのアプローチがそこにあった。もしかしたら、彼はより刺激的で効果的で面白い「世間良し」のアプローチを模索しているのかもしれない。そう思った。

文=林亜季 写真=柴崎まどか

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