スタイリストファーストを掲げ、美容サロンのあり方を革新。国内最大FCチェーンへ駆け上がった「Agu.」グループ。次の一手は誰もが驚いた、北米1000店舗を目指してのニューヨーク出店だ。開店に至るまでのリアルなストーリーを、海外進出を支えた3人のキーマンに聞く。
ニューヨーク進出計画、苦難のスタート2018年も終わりに近づいたころ、最速の男・丹内悠佑は頭を抱えていた。丹内はもとより、AB&Company代表・市瀬一浩の念願でもあるニューヨーク進出の議論が暗礁に乗り上げようとしていたのだ。現時点で国内400を越える「Agu.」グループのすべての出店に関わり、その仕事ぶりから“最速”と称される丹内の仕事が、足止めを余儀なくされていた。
「どこに出店するのか」「誰がその店を経営するのか」議論は紛糾した。さまざまに課題があるなか、とくにこの2つは解決の糸口が見つからない。
ニューヨークは、美容に関わった者なら誰もが憧れる世界最先端の地。東京へは日本全国から優秀なスタイリストが集まってくるが、ニューヨークはそれこそ世界中から逸材がやってくる特別な街だ。だからこそ、美容サロンチェーンとしてその場所を目指すのは自然なことで、反対者など出てくるとは思わなかった。しかし議論は続き、1年を越えた。
「300店舗を越えたあたりから、周囲に驚かれる一方で、『でも海外には進出していないよね』と一言添えられることが多くなりました。Agu.のフィロソフィーなら海外でも通用すると確信していただけに、悔しかった」
丹内はFCオーナーとして、自ら90店舗をプロデュースした実績をもつスピードワークの実践者。それだけに、もどかしさを感じていたという。「国内だったら、1カ月程度あれば確実に開店までこぎつけられる。海外だからといって、こんなにも時間がかかるとは。『やめましょう』と誰かが口にしたら頓挫しそうな、ぎりぎりの状況だった」
それでも、どうにかこうにか意思統一が図られ、海外進出計画は動き出した。しかし、そこからがまた、丹内にとっての苦難の始まりだった。そう、「どこで?」、「誰が?」という問題が解決していなかったからである。
国によってゲームのルールは異なる。それを知らなければ、成功はおぼつかない江木壮太郎は米国の大学を卒業した後、現地企業を渡り歩き、グローバルな事業を次々と手がけてきた。大手IT企業在籍時にはいくつもの海外プロジェクトを、各国の流儀に合わせて遂行してきた人物だ。人の巡り合わせから、AB&Companyという企業を知ることとなる。
「美容に関しては全くの門外漢で。しかし、話を聞くにつれ、美容室というのは単なる機能的価値を提供しているのではなく、情緒的価値、つまり、人がそれぞれ自分らしさを表現したいという、根源的な欲求を叶えるビジネスだと感じるようになったのです」
そんな彼は2019年に参画する。「海外事業を形にしてほしいと言われたんです。確かに知識や経験がない場合、海外で事業を展開するのは非常に難しい。なぜなら国によってゲームのルールが違うから。知らずに挑めば、まず失敗するでしょう」
江木の参画は丹内にとって、大きな力となる。懸案の「どこで?」という問題は、海外事情をよく知る彼の知識と実行力でついに解決に動き出したのだ。残る懸案は「誰が?」という問題だ。
ニューヨークのトップサロンで活躍する男・TOMOHIRO ARAKAWATOMOHIRO ARAKAWAこと荒川智大は、自分にタイミングが訪れつつあることを感じていた。東京・青山の有名サロンでキャリアを積んだ後、25歳で念願だったニューヨークへ単身渡米。コネクションがあるわけでもなく、ただ裸一貫で飛び込んだと言う。
最終的にニューヨークでもトップの高級サロン『フレデリック フェッカイ』にスタイリストとして迎えられ、その才能が証明された。名実ともに超一流のアッパー層向けサロンで、ハリウッド女優、政界、王室関係者を顧客にもち、米国で自身のヘアケアブランドもプロデュース。彼は完全なる勝利を得たように思われた。しかし──
「将来に悩んでいましたね。次のステップを探していたんです。だからといって、日系企業から、スタッフを送るからニューヨークで店をやってみないか?という話には、どうしても乗れなかった」
その答えを探すべく、2018年の初夏、日本へと一時帰国する。そして、かつての仕事仲間と旧交を温めることにした。待ち合わせの場所に現れたのは、丹内だった。
「現地スタッフを採用し、現地企業として戦うという彼のヴィジョンにハッとさせられました。日本企業としての記念的な進出ではなく、徹底的にローカライズして、スケールしていくというAgu.の強い決意に惹かれたのです」
荒川は、丹内との合流を決めた。
スタイリストのキャリアパスを増やすことで、NYでも成功を目指す日米を股にかけ、3人の侍が揃い、Agu.ニューヨーク1号店は動き出した。米国の現地調査にも熱が入る。世界最先端の世界を生き抜いてきた荒川は言う。
「日米で美容文化の違いはあります。技術は日本に優っている部分が多々ありますが、ビジネスとしてはニューヨークのほうが古臭い。道を歩いていてふらりと店に入るウォークインがまだ主流なんです。スマートフォンで予約するなどのシステムはほとんど普及していません」
そこが狙い目だと江木は語る。
「ITやプラットフォームを積極活用したい。狙うはアッパーミドル。「Supercuts」「Great Clips」など、数千店舗規模の巨大美容チェーンが北米には存在します。しかし、そうしたチェーンの顧客層は、ミドル〜ロウワーミドル。ヘアスタイルにこだわりをもち、手軽さだけでは満足できないアッパーミドル層が私たちのターゲットです。Agu.が目指すのは、アフォーダブルラグジュアリー(手が届く贅沢)です」
江木は、膨大で複雑なペーパーワークを、笑顔で精力的にこなした。「経験がない企業なので、トラブルは当たり前です」
前進する毎日。丹内は加速する業務とともに使命感を感じていた。
「現地でもチャンスに恵まれないスタイリストがいる。待遇を改善していくことは、やはり日本のAgu.同様に意味があることだと再確認しました。成功すれば、日本のスタイリストにとっても、キャリアの選択肢になる。トラブルのたびに心臓をギュッと掴まれるような気持ちにはなっても、それは国内でさんざん経験してきたこと。怖くはない」
「リスクを取るのは自分の役目」と江木が言えば、「荒川を連れてきたのは自分だからリスクは自分」と丹内は言い張る。それを笑顔で見守る荒川。3人の侍の息はぴったりだ。
そして、北米での1000店舗達成を掲げ、2019年内を目標にAgu.ニューヨーク1号店のオープンを目指す。Agu.のフィロソフィーがこれから試されていく。
改装中のニューヨーク1号店丹内悠佑(たんない・ゆうすけ)◎創業時からAgu.グループのFC店舗開発を担当。Puzzle代表取締役。圧倒的な統率力でAgu.グループの成長に貢献を続ける。現在は海外事業の立ち上げにも参画。東北地方を中心に6年目にして約90店舗を展開している。
江木壮太郎(えぎ・そうたろう)◎St. Mary’s College of California卒。海外企業や大手IT企業で様々な国における海外事業を手がけた後、その手腕を買われ、2019年にAB&Company取締役に就任。現在は海外事業に加え、国内店舗の情報インフラ整備や事業開発も行う。
荒川智大(あらかわ・ともひろ)◎山野美容専門学校卒業後、表参道の有名美容室でスタイリストを務めたあと、2011年に単身渡米。ニューヨークに活動拠点を移し、世界トップサロン『フレデリック フェッカイ』のスタイリストとなる。NYコレクションやAgu.ニューヨーク1号店で店長に。NYコレクションで雑誌、セミナー等でも活躍し、自身プロデュースのヘアケアブランドもアメリカで展開している実力者。
【新たな美容室文化を創造する Aguスタイルとは】#1 公開中|サロン・イノベーションの新基準。数字が語るAgu.スタイルの可能性#2 公開中|美しい生き方をデザインするAgu.グループの成長戦略。美容師ファーストの働き方が生み出した好循環とは#3 公開中|美容サロンの変革者に聞く、世界進出までの成長ストーリー#4 本記事|「Agu.」ニューヨーク1号店がいよいよオープン!国内最大手美容サロンの世界でスケールするための秘策とは