【対談】「壁」をつくらず「アート」に生きろ|コシノジュンコx武井壮

コシノジュンコ(左)、武井壮(右)


コシノ:そうよね。タレント、アスリート、コメンテーター、百獣の王……武井さんを表す肩書きを並べていくとずらっと出てきてしまうもの。

武井:僕は「職業はなんですか」と問われるのが嫌で、職業に名前をつけないように生きてきました。でも人から肩書きを求められることも多く、それなら誰も名乗っていないし、「百獣の王」なんてつけたら可愛いかなと思って(笑)。

コシノ:なるほど。最初は「百獣の王」なんてどうして、と思ったけれど、今の話を聞いたらすごく納得できますね。

私も「言葉の枠にとらわれたくない」という気持ちは、昔からとても強かったと思います。

グループサウンズの衣装を手がけていましたが、衣装を着るのはメンバーの男性たちなんだけど、紳士服を作っているというつもりはまったくなかった。ただただ、彼らがいちばんかっこよく見えるにはどうしたらいいのか、しか考えていなくて。男だろうが女だろうがどうでもよくて、彼らの個性に合うもの、としか捉えていなかったから、何年か経ってやっと「あ、そうか、彼らは男の子だったのか」って気づいたくらい(笑)。「紳士服」を作っているという感覚はまったくなかったですね。

武井:普通はセオリーにしたがって、紳士服なら「こうでなければいけない」「こうすべきもの」と考えがちですが、それがいっさいなかったなんてすごい。まずは素敵なものをつくる、とても勉強になります。

コシノ:「紳士服」とか言葉にした途端に、発想やアイデアが固定されそうになることってあるんですよね。

例えば、「デザイナー」や「アーティスト」もそう。私は長年この業界で仕事をしているけれど、始めた頃は「ファッションデザイナー」という言葉がなくて、「服飾家」なんて呼ばれていました。「服飾家」って言われるとね、もう全然自由なイメージが湧かなくなっちゃって、「私はそんなんじゃない!」って腹が立って仕方なかったの。

私の仕事は、洋服のイメージや世界観そのものをつくること。服飾家というと、どうしてもミシンで縫ったり、服をつくるだけの「職人」に思えてしまって。私実は縫えないし、ミシンもできないし。私の本来の仕事ではないわけだから。

かといって、「ファッションデザイナー」と呼ばれるのも違和感があった。毎日洋服のことばかり考えているわけではないもの。「デザイナー」だって、デザインだけやって生きているわけではないと腹が立つ。私はすべての肩書きに違和感がありますね。


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文・構成=松崎美和子 写真=帆足宗洋

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