シネマ未来鏡

ヴィクトル(トマシュ・コット)とズーラ(ヨアンナ・クーリク)

恋愛映画においては、恋する、または愛するふたりを隔てる障害が、大きければ大きいほど、物語はドラマチックになる。ライバル、親族、病気と、恋人たちの前に立ちはだかる壁はいろいろあるとは思うが、最も劇的な恋愛ドラマを生み出すのは、国家、あるいは言い換えれば政治だと思っている。

何度も繰り返し観た恋愛映画のひとつに、ウォーレン・ベイティとダイアン・キートンが共演した「レッズ」があるが、これはアメリカ人ジャーナリスト、ジョン・リードがロシア革命をルポルタージュした「世界をゆるがした十日間」をベースにした作品だ。

20世紀の前半、アメリカとロシアを往還しながら描かれる「レッズ」のダイナミックな恋愛の軌跡は、心を激しく震わせる。騒然とするペトログラード(現レニングラード)で、起ち上がるロシアの民衆を眺めながら、固い抱擁を交わすアメリカ人の主人公とヒロイン。まさに歴史を目撃しながらの愛の交歓は、恋愛映画の極致だ。

「COLD WAR あの歌、2つの心」も、そのタイトルから察せられるとは思うが、東西冷戦(Cold War)の時代に、互いに惹かれ合いながらも、何度もすれ違いを繰り返し、国家、あるいは政治によって引き裂かれる恋人たちの物語だ。

「ROMA/ローマ」と監督賞を争う

東西冷戦は、第二次世界大戦直後の1945年から始まり、ベルリンの壁崩壊の1989年まで44年間続いた、アメリカを中心とする資本主義陣営とソ連を盟主とする共産主義陣営との対立構造を指すものだが、この「COLD WAR あの歌、2つの心」の主人公たちは、その激しい時代の奔流のなかで、運命を弄ばれていく。

1949年、ポーランド。民族音楽を収集していたピアニストのヴィクトル(トマシュ・コット)は、国立舞踏団の団員選抜で、1人の少女の歌声に惹かれる。少女の名前はズーラ(ヨアンナ・クーリク)、彼女が父親殺しで執行猶予中と聞いて、ヴィクトルはさらに興味を抱くのだった。

1951年、ワルシャワで舞踏団の初舞台が幕を開ける。際立って輝いていたのは、ズーラの歌声だった。公演は大成功に終わり、ヴィクトルたちの舞踏団は、最高指導者の賛歌を歌うことを要請される。否が応でも政治の渦に巻き込まれていくことになるのだが、すでにその頃、ヴィクトルとズーラは恋に落ちていた。



1952年、東ベルリン。かねてから西側の音楽に心を奪われていたヴィクトルは、公演後に示し合わせて、ズーラと一緒に西ベルリンへ逃れようとする。しかし、約束の時間になっても彼女は姿を現さず、ヴィクトルは1人で東西冷戦の境界を超える。

1954年、パリ。ヴィクトルはピアニストとしてジャズクラブで演奏しながら、作曲や編曲の仕事をしていたが、舞踏団の公演でパリに来ていたズーラと再会を果たす。どうして一緒に来なかったのかと問うヴィクトルに、理由を告げるズーラ。2人はパリの暗い街路で、しっかりと抱き合うのだった。

この後、2人の逢瀬は、ユーゴスラビア、パリ、そしてポーランドへと移っていくが、彼と彼女の前には、当然予想されていた国家という大きな障害が待ち受けているのだった。


文=稲垣伸寿

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