ビジネス

2019.07.06

アマゾン・ジャパン伝説の社員が始めた「世界唯一の実店舗」

角田太郎氏。アマゾンの起業スピリットを体現する「ドアデスク・アワード」も受賞したレジェンド社員だ。


AV女優からのリクエストに……

角田氏のアマゾン時代の元同僚には、チケット販売サービス大手「Peatix」創業CEOの原田卓氏もいる。原田氏はアマゾンでミュージックストアの立ち上げなどを経験し、角田氏とはDVDストアの運営に携わった。原田氏はこう回想する。

「一緒にDVDの仕事をしていた頃、あるAV女優さんから『結婚することになったので、アマゾンで売られている自分の出演作品をすべて販売停止してもらえませんか』と連絡があったんです。僕が『会社方針上、カタログからの削除は難しいよな』と言ったら、角田氏が『そんな冷たい対応ができるか。会社方針は知らん、この人のことを思って削除すべきだ』と言うんですよ。強面で知られた角田氏のエンパシー(共感力)と優しさを知った瞬間だったし、人の幸せを会社方針なんかで踏みにじってはいけないと学んだ。その後のPeatixの経営にも生かせていると思いますね」

大友氏や原田氏の述懐を聞いて筆者はふと、あのジャズ・ピアノの詩人ビル・エバンスのアルバム「エンパシー」を思い出した。ちなみにこの名盤には、「Let’s Go Back To The Waltz」という美しいワルツ楽曲も収録されている。

もしかすると、シビアな競争環境下でも、心の通奏低音として「エンパシー」を維持できた強靭さや、ナイーブになりかねない優しさを「武器」にもし得たことが、角田氏がアマゾンでの競争環境を14年間、勝ち抜けた一因だったのかもしれない。

思いついて、角田氏に尊敬するアーティストを聞いてみた。返ってきた答えは、意外なことに「忌野清志郎」。その理由を問うと、「あんなに優しい人を知らないから」だった。


「商品は、アマゾンで付き合いのあったディストリビューターから仕入れている。他には、アーチストやレーベルからコンタクトがきて、彼らから直接買い付けています」

静かなる情報戦略は「みんなが共有したくなるシナリオ」


時にはエンパシーに裏付けられた臨機応変の対応で仲間をインフルエンスし、「オセロの駒をひっくり返す」ように業界意識を塗り替えてもきたアマゾン時代から一転、スモールビジネスに舵を切った角田氏だが、ではなぜ「waltz」は第3者によるバズマーケティングで情報拡散され、あっという間に話題になって行ったのか。なぜ、waltzは「共有したくなる」場所や体験なのか。

waltzは開店して最初の2年間、SNS、アナログ広告を含め、一切の情報発信をしなかった。宣伝広告費はゼロ。そんな「沈黙する作品」をめがけて世界から客が訪れ、また評判が口コミで広がっていく。自分は情報発信しない。お客さんが広げてくれる。そういう「循環を作る」方法とは何なのだろう。

「『人はギャップに惹かれる』とよく言われます。私がwaltzで作ってきた『シナリオ』には、結果的に複数の『ギャップ』がとてもわかりやすいかたちで内包されていると思います。たとえば、『デジタル全盛の時代なのにカセットテープ』『Eコマースの雄、アマゾンを辞めて実店舗をオープン』『日本の住宅街の小さな一店舗が、世界的なブランドのグッチとコラボレーション』などです。もちろん、すべてが意図的だったわけではありませんが、その『ギャップ』にうまく乗っかるようにはしてきたかもしれません。

そして、そういうギャップをポイントにしたメディアへの露出は、読者を惹きつける可能性が高い。そして『読まれた記事が新たな取材を呼ぶ』という循環が起きるので、そのシナリオに触れる読者はどんどん増えていくことになります。
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文=石井節子 撮影=帆足宗洋

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