銀行危機のあと、賃金の上昇は止まり、物価も下落する「デフレ時代」が到来した。その労働余剰時代でも、日本の企業は、終身雇用の従業員の一方的解雇には慎重だった(もちろん、解雇して訴訟になると負ける可能性が高いことも理由である)。
2000年以降は、日本全体の人口減少、とくに地方や過疎地での人口減少の加速が問題になるようになった。その結果、どのような業種の企業でも、将来の国内市場の規模に悲観的な考え方が広がり、(一部の業種を除くと)国内への投資を控えるようになった。子会社を作り続けることも難しくなり、会社人生後半を迎える従業員の「処遇」が困難になってきた。したがって、企業の終身雇用制度を維持するコストが急増したのである。
今回の「終身雇用は守れない」という発言は、このような背景を考えると、至極当然である。問題は、終身雇用を前提として後払い賃金制度を守らない、ということは、賃金カーブが生産性カーブよりも傾斜がきつい後払い賃金制度も変更しないと、途中で解雇になる従業員が大きな(生涯賃金での)損失を被ることになる。そして、そのような可能性を察すれば、有能な人材は、このような初任給が低い企業には寄り付かなくなるだろう。
そこで、経団連に提言したい。「終身雇用制度を守らない」のであれば、退職金制度を廃止して、退職金の前払い制度を導入することが重要だ。また初任給を大幅に引き上げて、賃金上昇率はフラット化しなくてはいけない。生涯、常に生産性にみあった賃金を支払えばよいのである。若者の待遇改善は、消費意欲を掻き立てて、マクロの景気にも好影響を与える。
伊藤隆敏◎コロンビア大学教授・政策研究大学院大学特別教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D取得)1991年一橋大学教授、2002年〜14年東京大学教授。近著に『公共政策入門─ミクロ経済学的アプローチ』(日本評論社)。