大炎上した報告書案は「年金への警鐘」ではなく、「株式投資のすすめ」
そして、その本質こそが(2)の「領空侵犯」の理由だ。実は金融庁が最も恐れているのは、厚労省のシマであり金融庁にとっては他人事にすぎない「年金不足」ではなく、「目先の株式市場の暴落」なのだ。そしてそれは政権にとっても、最も避けたい事態である。
安倍晋三首相が得意とする外交で大きな成果は出せず、最もうまく行っている日米関係でさえ貿易問題がくすぶっている。このうえ目先で株価が急落しては、参院選に不利に働くのは間違いない。だからこそ選挙前のタイミングであえて年金赤字を公表し、「今のうちから(投資を)考えておかなければいけない」と国民資産を株式市場へ誘導しようとしたのだ。
外交で大きな成果が見えない今、株価暴落は政権にとって痛手になりかねない(首相官邸ホームページより)
報告書案では具体的な方法として、年40万円まで20年間非課税の「つみたてNISA」や、個人型の確定拠出年金「iDeCo」などを挙げている。いずれも株式市場へ資金が流れる金融商品だ。老後資金であれば元本が保証される預貯金が「王道」なのにもかかわらず、あえてリスク資産の株式投資を勧める不可解さも、株式市場への資金誘導と考えれば合点がいく。
そこまで金融庁がシャカリキになって株式市場へ資金誘導する理由は何か。現在の株式市場で最も大きなリスクは、これまで株価を支えてきた公的資金の先細り懸念だ。すでに東京証券取引所1部での公的資金比率は10%を超えており、株価上昇の材料が見えない中で底支え役を果たしている。
だが、公的資金の一つである日本銀行の上場投資信託(ETF)は、2019年3月に買い入れ額を減らし始めた。こうした事態に金融庁も神経をとがらせており、株価維持のため民間資金の株式投資への誘導を急ぐ必要があった。それが「年金2000万円不足」騒動の引き金になった報告書案だったというわけだ。
公的資金の投入ストップで株価暴落は必至
(3)の年金赤字発生が明らかなのに、なぜ政府は「誤解を招く」「年金制度は万全」と主張するのかといえば、そもそも報告書案は「株式投資の勧誘」であり、年金赤字は「投資の口実」として利用しただけで本筋の話題ではないからだ。金融庁にしてみれば「食いつくところが違う」のが正直な感想だろう。
国民が「年金で生活できない」レベルになれば年金保険料を引き上げるか、税金を投入して支給額を引き上げることになる、だから「年金制度は万全」というのが政府の公式見解になる。だが、報告書案でそう書いてしまえば「年金が保証されるのなら、わざわざリスク資産に投資する必要はない」と国民に理解されてしまう。株価下落を避けるためには「年金だけでは赤字になる」と書かざるを得なかったのだ。