牡蠣の養殖場以外はこれといって見どころの少ないマレンヌではあるが、この街はオレロン島への入り口ということでも知られている。マレンヌの沖に浮かぶオレロン島までは、街の外れからフランスで最も長い橋を渡って行くことができるのだ。
オレロン島でも牡蠣を養殖しているが、僕がオレロン島でオススメしたいのは、牡蠣ではなくムール貝だ。ヨーロッパを旅行したことがある人なら、あのバケツいっぱいのムールをご覧になった人も多いだろう。でも、あれは、量もさることながら、味に飽きてしまって最後まで完食するのが実に難しい。
バケツいっぱい完食できるムール貝
その点、ここオレロン島のレストラン「Le Jardin Romain」で食べるムールは絶品だ。ムールと言えば、白ワイン煮込みが一般的だと思われているが、この店では「シャラント風」という味付けでいただくことができる。これはベーコンやマッシュルームとともにムールをクリームで煮込んだものなのだが、この店では白ワインではなく、ピノ・デ・シャラントというお酒で煮込んでいる。
ピノ・デ・シャラントとは、シャラント=マリティーム県特産のリキュールである。このあたりはボルドーに近いというだけあって、ぶどうの生産も盛んだ。しかし、つくられているお酒はワインではない。ここシャラント=マリティーム県は、コニャックの銘醸地なのである。
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ピノ・デ・シャラントは、未発酵のぶどう果汁の中にコニャックを入れて熟成させるお酒だ。日本ではなかなかお目にかかれないが、この地方の家庭に招かれると、アペリティフとしてよく冷えたピノ・デ・シャラントが出されるくらいポピュラーな飲み物だ。
アルコール度数は20度近くあるのだが、その飲み口からはまったくアルコールの強さを感じることがない。発酵前のぶどう果汁がベースなので甘みは強いが、熟成による芳醇な香りや深みもあるので、かなり美味しい。酸味の控えめな梅酒、といえばイメージしやすいだろうか。日本人の口にも間違いなく合うと思う。
そのピノ・デ・シャラントとともに煮込んだシャラント風のムールが、ちょっと信じられないくらいうまいのだ。僕はここで初めてムールをバケツ丸ごと完食した。付け合わせはフリット(ポテトフライ)かパスタかを選べるのだが、もちろんそこはフリットだ。フランスでパスタを頼んでも後悔しかしない。ムールを食べ進めながらフリットをクリームソースにつけて食べると、これまたビールが進む。
実は、僕は以前、マレンヌに暮らしていたことがあったので、日本からのゲストも何人かオレロン島に案内したことがある。レストランの「Le Jardin Romain」に連れてきた酒好きの友人などは、このムールのあまりのうまさに、ビールを飲むのを忘れてひたすら食べ進めていたほどだ。
ムールにも季節があった
ただ、残念だったことがある。僕の両親がフランスに遊びに来た時に、オレロン島に連れて来た。目的は、もちろんムールだ。満を持してオーダーをすると、なんと「ない」と言われてしまったのである。季節は4月だった。「パリのレストランではムールがメニューにあったのに、なんでないの?」とギャルソンに聞くと、「だって季節が終わったから」との返事が。