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世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版

イラスト=Willa Gebbie


日本酒や伝統工芸品にAIなどの最先端技術を組み合わせることで、新たな価値創造をする取り組みを行うima(アイマ)。そのCEOである三浦亜美は幼少より音楽を専攻しており、音楽大学への道を歩んでいた。しかし、途中でビジネスに興味を持ち一転、一般大学へ進学。在学中に起業し、その事業をゆずった後、大学卒業後には世界30カ国を単身で渡り歩く。

帰国後、次のビジネスを模索する中で日本オラクル初代代表のアレン・マイナーとの交流からVCの立場で合弁会社設立やスタートアップ支援などに携わる。現在はつくば市のまちづくりアドバイザーとして働きつつ、2度目の起業としてimaを創業した。

経歴を一見すると、よく分からない怪しささえ感じるが、話を聞くと信念は一貫している。三浦が歩んできた人生は、人頼みではなく、彼女自身の好奇心と突破力で切り開いてきたものだ。まるで弾丸のように突き進む三浦の原動力とは。

──音大志望から経営者へ、一体何がきっかけだったのでしょうか?

順を追って話すと、私の家族はみなアスリートなんです。曽祖父は柔道家、父は体操選手、弟は競泳選手で従姉妹は新体操選手。オリンピック出場歴もあるようなトップアスリート一家でした。

私は2歳から音楽を始めたので、他の家族と同じように何かの道を極めて、音楽家になるものとばかり思っていましたね。小さい頃なので将来の夢はころころ変わりましたが、高校までは音楽大学を目指していました。

振り返ると、転機は中学2年生の時に父からパソコンを買ってもらったときだったと思います。インターネットに触れ、はじめて世界と接続した瞬間でした。それまで音楽以外の選択肢は無いと思っていたところ、他にも無限の可能性があるように感じたんです。

小さい頃から父は、私が何か疑問を投げかけると「なんだろうな、考えてみようか」と議論をしてくれる人だったので、人と議論をすることが好きでした。だから、インターネットを介して画面の向こうの専門家と、宇宙の仕組みや脳についての議論をすることに没頭していました。今思うと、私の好奇心は、父によって植え付けられ、チャット上の会話によって育まれたのだと思います。

──音楽しか知らなかった人生にインターネットが登場して、他の選択肢が見えてきたと。

そうですね。さらに話すと、同じ中学2年生のときにラジオを聞いていたら「名古屋大学で留学生の集まりがある」という情報が流れ、単身自転車と電車をつかい名古屋大学へ向かい、大学生たちの中に紛れ込んで参加したんです。そこは、世界の発展途上国から国のお金を使って、日本の技術を学び祖国へ持って帰ろうとする夢を持った留学生の集まりでした。

取材・文=石原龍太郎 イラスト=Willa Gebbie

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