「すべて知り尽くさないと気が済まない」
「天才とは最も自分らしい人である」という言葉通りの異色の天文学者がいる。榎戸輝楊。京都大学白眉センター特定准教授だ。
柔らかな物腰だが、特技は「データをしゃぶり尽くす」こと。15年に始めた雷雲プロジェクトでは、当時異例だったクラウドファンディング(CF)で得た研究資金で、雷の発生時に放出されるガンマ線を検出する装置を開発。17年には雷が光核反応を引き起こすことを明らかにした。この現象は、英物理学会の会員誌で同年の物理分野の10大ニュースに選ばれるほど、世界から驚きを持って迎えられた。
子どもの頃から宇宙環境に興味があった。研究者の父の影響もあり、自宅にあった科学番組のビデオを何度も見返した。東京大学で物理学を専攻したのは、「まずは自然界で起こることのほとんどを理解したい」との理由からだ。
榎戸が自分を「天才」たらしめる理由は2つある。1つは、「徹底的に知り尽くす、調べ尽くす」ことだ。 「(自分が作った装置の)センサーで測ったデータは、その性質とか、どんな意味があるとか、すべてわからないと気が済まない。自分の手足を思い通りに動かしたいのと同じ感覚です。半分職業病ですが、これが楽しくて仕方がない」
2つ目は、「鶏口となるも牛後となるなかれ」という恩師からの言葉を貫いている点にある。例えば大学の修士論文執筆のとき。当時は雷雲や雷からガンマ線が検出できるか誰もよくわかっておらず、「この研究テーマで進んで大丈夫かなと不安だった」と言う。新潟・柏崎で、パソコンや大型信号処理回路を組み合わせながら検出器の小屋を地道に作る日々。他方、同期たちは確立されつつある研究を着実に進めているように、榎戸の目には映った。
それでも突き進んだ結果、ガンマ線の検出に成功した。今、榎戸のホームページには「他の人が群がっていることはやらない」との言葉が刻まれている。
そんな榎戸は現在、学術界と市民をつなぐ、新たな双方向型の学びのスタイルに挑んでいる。市民やサポーターとともに研究を進める「オープンサイエンス」だ。15年に始まった雷雲プロジェクトも、地域住民の力を借りながら石川・金沢を中心に測定器を設置し、観測を行うことを計画中だ。
クラウドファンディングで集めた資金で数多くの小型測定器を開発。新潟や石川など、冬季に雷雲が発生しやすい地域の高校や大学、企業の屋上に測定器を設置し、観測を進めた。
背景には、「このままでは、科学が研究者だけの閉じたものになってしまう」との危惧がある。 「科学研究の話をすると必ず『どう役に立つのか』と聞かれます。でも、科学の根っこの部分は映画や野球のように、純粋に楽しめるもの。だから、市民のみなさんと意見を交わしながら、みんなで学んでいきたいんです」
榎戸輝揚◎1983年、北海道生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。スタンフォード大学、NASAゴダード宇宙飛行センターなどを経て、2015年より京都大学白眉センター特定准教授(理学研究科宇宙物理学教室)。雷雲や雷からの高エネルギー大気現象の観測などを手がけ、17年には成果論文を「Nature」誌で発表し話題に。