無能だった私を変えてくれた凄い人たち


関根さんの一瞬だけ変化した目つきと語調を感じて、「バカッ! 小僧が、無礼なことを訊いてんじゃねぇ!」と同席していた人たちから非難の視線を浴びせられました。

全国各地の野球部のエースで4番級のその年代のトップの選手たちが集まり、一軍になれる保証もない中で、「グランドには銭が落ちている」と言われ、毎日毎日、レギュラー9名として試合に出るための競争をしている厳しい世界です。試合に負けることは、自分の年俸が下がることにも直結しています。

「(冷汗)……そうですよね。真剣勝負の世界ですもんね」

若気の至りで、調子にのって余計なことを言ってしまったという猛省と、一瞬にして気まずくなった場の空気から、気の利いた返しができずにいると、すかさず関根さんが、大きく前に身を乗り出して、小さな声で言いました。

「でもね、ボクは長嶋くんの大ファンなんだよ。だから、巨人戦はつい甘くなっちゃったのかね〜?」

どっかーん!と、そこにいた全員が声を出して笑いました。場の空気が一転して、前よりも和やかな雰囲気になりました。関根さんに救われました。

ユーモアの力は偉大で、自分以外の人を助ける時に有効であることを、この関根さん宅のリビングで実感しました。
  
関根さんに指定された時間は昼時でした。帰ろうとすると、「お昼は食べたの?」と訊かれ、「まだです」と答えると、「近所に美味しい中華料理屋があるから行こう」と誘ってくれました。
   
美味しくて楽しい食事が終わり、関根さんは一人で、こちらは複数名だったので、プロデューサーの方がお会計を払おうとすると、関根さんが笑顔ゼロの真顔になって言いました。

「キミ、それはダメだよ! ここは、ボクが誘ったんだから。ボクの地元なんだから、恥をかかせないでよ〜」
  
自分のテリトリーでは、または、自分から誘った場合には、自らが会計を持つという大人の美学は、若造の私にはすごくカッコよく見えました。この日から、それを真似して、時に背伸びをしてやって来たつもりです。 

そして、いろんな上司や先輩の背中を見て来て感じたのは、常に人におごってもらうことを期待している人は、どこか仕事に対しても詰めの甘さがあるということでした。それは、仕事相手との適切な緊張感がなくなるからだと思えました。

関根さんにとっては、美学などという大袈裟なものではなく、当たり前のことでしかなかったかもしれません。しかし、私にとって、仕事相手と適切な距離感を保ち、良い関係を続けるには、このような線引きを意識するのとしないのとでは大きな違いがありました。また、危機的なピンチに陥った時にも、人を救うためのユーモアを意識することで心に余裕ができ、なんとか乗り越えられて来ました。
         
関根さんと仕事をできたおかげで、今の私はあります。

関根さん、ありがとうございます。

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文=松尾卓哉

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