本が泣いている。ボルチモアで起きた自費出版を使った新手の収賄

米ボルチモア市のキャサリン・ピュー元市長(Photo by Paul Marotta/Getty Images)


アメリカでの自費出版の場合、約7割が印税として著者のもとに残るから、50万ドル分(約5400万円)の本を買ってもらうということは、35万ドルの「賄賂」を受け取るということと同じで、その金額はかなり大きい。

しかも、ピュー市長は、この印税の受け皿として、個人ではなく会社をつくっており、これを選挙委員会に公表していなかったことから、市議会は市会議員の全員一致でピュー市長の辞職勧告を決議した。

しかし、市長はとりあえず10万ドルを市に返金したあと、病気を理由に市庁舎には出ず、辞任を拒んでいた。これを受けて、ついにFBIが捜査に踏み切ったのだ。

彼女は、確かに身体を積極的に動かす育児教育などに造詣が深く、独自の理論も展開していて、その啓蒙活動に熱心だった。2005年にも本を出版しているが、アマゾンドットコムを見る限り、まったく無視されたような扱いだ。

レビューは市民の怒りで溢れる

本をますます読まなくなったアメリカのマーケットで、著書を出版し、売りさばくことは、別の方法で有名にならない限り不可能に近い。それでも本に愛着を感じ、自費でもいいから出版しようとする人がいる。

とはいえ、自費出版であれば、せいぜいが1000冊単位の話であり、それが10万部にもなるということは、アメリカの出版市場ではあまり聞いたことがない。

メリーランド大学はコメントを控えているが、なんらかの圧力がない限り、それが世界一優れた育児書であっても、10万部もの自費出版本を大学が購入することなどあり得ない。心の底から自分の著書を多くの人に読んでもらいたくて、言うことを聞いてくれるメリーランド大学に圧力をかけたのか、純粋に賄賂のために事に及んだのかは、報道ではわからない。

しかし、ますます少数派になったとはいえ、本に愛着を持つ人たちにとっては、賄賂の道具にされたとは、心が痛む話だ。この一件は、詰まるところ、誰も読んでくれない自著を、人事権をもつ部下たちに買えと押しつけたという構図であり、しかも、10万部まで購入させたという話だ。

彼女の2005年の本も、今回の「ヘルシー・ホーリー」も、アマゾンのレビューは、スキャンダル発覚以降、市民の怒りで溢れ、もう成り立たなくなっている。

連載 : ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信
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文=長野慶太

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