挑戦する人と挑戦する企業をつなぐ、Forbes JAPAN 初の採用ブランディング


上場は、会社をリバースエンジニアリングするため

創業14年目にして、リックソフト社は東証マザーズへの上場を果たした。あるベンチャーキャピタリストと出会ったのが、IPOを目指す契機となった。

「それまでIPOのアの字も思い浮かばなかったですし、資金面においても特に懸念することはなかった。ただ、ひとつだけ気がかりだったのは『働いてくれている社員を幸せにできているのか』ということでした。ひとりで立ち上げて、日々の業務に全速力で対応していたら、いつの間にか大きな箱になっていた、という感じで。企業としての基盤づくりはずっと後回しのままだったんです」



それ以前は予算管理すらなかったんですよ、と苦笑いする大貫。「仕組みを整え、永続できる会社」を目指し、2014年12月に上場を決意した。年末年始の休暇は資本政策の策定に費やした。

「資本政策とは一言でいうと、企業が成長するために行う資金調達の計画書。『資金調達』『株主利益の適正な実現』『株主構成の適正化』の視点で、説得力のある道筋を立てることが求められます」

ベンチャーキャピタルから始まり、監査法人、証券会社など日に日に関係者は増え、業務は山積していく。2人の役員と大貫、計3人で会社のルールである各種規定の策定から始まり、予算管理、稟議の通し方などを細やかな取り決めを重ね、その結果、少しずつ日常の風景が変わっていった。そこから、わずか4年で上場。関わるメンバー全員がIPO未経験者にも関わらず、だ。

「上場を決めてからの最初の1年だけで、会社は大きく変わりました。というより、本気で変えようと思えば、何でも変えられるものなんだと。言ったとおりのことがこうして実現できたのはなんだか不思議な感覚ではありますが」

こうして、リックソフト社そのもののリバースエンジニアリングは、上場によって完遂した。

メイドインジャパンの未来をつくる企業になる

現在のリックソフト社の事業スピリットは、大貫自身のいくつかの原体験によって形成されている。冒頭のエピソードのほかに欠かせないのが、大学時代のゼミ室での話だ。

「1990年代当時はインターネット黎明期。でも私自身は情報科学、つまりコンピューターサイエン スの学科に在籍していたので、インターネット経由で得られる海外のソフトウェアについて詳しかった。そこでゼミ室のメンバーに便利なツールを紹介してあげたら、とても喜ばれて。こんな風に人助けができるコンピューターってすごいな、と感激したんですよね」

「価値あるツールを広めることで人々に貢献できる」、その時の思いが現在の事業に発展したと大貫は言う。実際にこれまで「気持ちよく、心地よく開発をサポートしてくれる」さまざまなアトラシアン製品を国内エンジニアに伝えてきた。 上場企業となった現在大貫は、“リックソフトでなければ成し遂げられない未来”に熱いまなざしを送る。

今後、日本でのアジャイル型開発の発展とともに、さらなる売り上げが見込まれるであろうアトラシアン製品。その一方で、海外では高く評価されているが国内では知られていない製品の取り扱いも拡大させていきたいと語る。

必ず実現させたい夢がある。それは、自社開発製品のシェアを伸ばしていくこと。同社ではアトラシアンのアドオン製品である、進捗管理ツール『WBS Gantt-Chart for Jira』や課題編集ツール『Excel-like Issue Editor for Jira』などを開発し、海外を中心に販売している。

「すでに米国にRicksoft, Inc.という子会社を作り、ソフトウェア開発とそれに伴うセールスマーケティングを行っています。現在、約70か国、1100社の企業と取引があり、伸び率は50%と高水準をマークしています。

悲しいことに日本は、ソフトウェア開発の世界においては、後進国なんです。アメリカ製、ヨーロッパ製と同じ土俵で戦えていない。その現状を覆したいという思いが常にあって。

粘り強く開発を続けていき、いつか『日本製のソフトウェアやシステムっていいよね』と認められるような、素晴らしい製品を作り上げたいんです」

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