「老後危機」が世界に拡大? 再認識される社会保障の重要性

Thanasis Zovoilis/Getty Images

退職後に向けての蓄えについて、誤解を招くような情報が世界中に伝えられている。

世界経済フォーラム(WEF)は先ごろ、「多くの人が退職後、死去する10年前に貯蓄を使い果たしてしまう可能性がある」との見通しを示す報告書を公表。それによると、平均的な65歳の米国人は退職後の生活が20年近くに及ぶと予想される一方、9.7年間の生活を支える分の貯蓄しかないという。

報告書の発表を受け、例によって誤解を招きやすい報道が相次いでいる。日本の英字紙ジャパン・タイムズが「日本人女性はおよそ20年分が不足」と報じたほか、英紙フィナンシャル・タイムズは、「英国市民は貯蓄で生活できる年数より平均10年長く生きる」とした記事を掲載。米国でもカナダでも、似たような見出しでこのニュースが伝えられた。

どうやら「老後危機」は、世界的な問題になったようだ。報告書は起こり得る中でも最も単純な見落としによって、多くの人に誤解を与えてしまったらしい。

まず、WEFがどのような方法で計算を行ったか見直してみよう。前提とされているのは、退職後の生活費はそれ以前の約70%だということだ。これは妥当な数値だ。ファイナンシャル・アドバイザーの大半が、その程度が必要だとしている。

さらに、例えば米国人については65歳の時点で、最終的に受け取っていた給料の5.75倍に当たる金額を貯蓄していると仮定。それを基に計算すれば、9.7年分の生活を支えるだけの資金を蓄えていることになるという。一方、65歳の平均余命はおよそ20年(女性が男性より少し長い)。つまり、多くの米国人には、10年近い期間の生活費がないということになる。

そして、こうした状況はオランダや英国、日本、オーストラリア、カナダなどでもほぼ同じだとされる。だが、この世界的な「危機」は何によって引き起こされているのだろうか?子供だましのようなものだ。それは、社会保障制度を無視していることだ。

報告書には、「これらの調査結果は、企業年金制度による給付金や社会保障をはじめとする各国政府の給付金を考慮していない」と記載されている。

ばかげた話だ。社会保障制度にどのような問題があるにせよ、米国で年金の給付額がゼロになる可能性は、恐らく、ほぼゼロだ。他の国も同じだろう。社会保障を考慮せずに行った退職後の蓄えに関する調査など、役に立たないものより悪い。

社会保障を含めて計算してみるとしたら、どうなるだろうか。米国では、給付金の額は人によって異なるが、平均で退職前の収入の半額~同額程度だ。例えば収入が50%になり、支出が70%になるとすれば、自分で用意する必要があるのは20%分ということになる。

生活費を70%にすれば貯蓄で9.7年暮らせるというなら、それまでの年収の679%を蓄えているということになる。その蓄えが平均寿命を迎えるまでの20年間の生活費のうち、自分で賄う分の20%だとすれば、何年分になるだろう?34年分だ。

社会保障給付は受けられるものだとして計算すれば、米国人は何十年も赤字で暮らしていくのではなく、その間も収入を得ていくということになる。米国人、そして世界中の多くの人たちが、疑わしい調査結果やそれを十分な説明なく伝えるメディアによって、退職後の生活に恐れを抱くことになっている。

編集=木内涼子

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