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バークはポーティコで、店長からバイヤー、そしてクリエーティブディレクターへと出世街道を進んだ。同社の業績は長年低迷していたが、事業が回復し次第パートナーにするとオーナーに約束されたバークは同社に残った。

「でもそれはかなわなかった」とバーク。「会社が確か3度目となる破産を申請して、それが最後だった」。バークは2006年には最後の社員になり、「アッパーイーストサイドの自宅アパートからオンライン部門を運営していた」。そしてある日、全業務の停止を命じる手紙が届いた。「『まずい、どうしよう』と思った」

きちんとしたトレーニングを受けることなくポーティコのインターネット販売事業を全て一人でつくり上げていたバークは、自分が作ったウェブサイトのクローンを作って新たなドメイン「bobbyberkhome.com」で登録した。「他の仕事を探す間にソファが1つくらい売れるかもしれないと思っていた」。だが、実際には「ソファ1つや2つどころか、もっと売れた。サイトはすごく成功した」。

その翌年バークは、あるイタリアのリネン企業を買収する機会が訪れた。その企業は、「僕を解雇し、お前は私たちにとって価値がない、お前は何もできないと告げた」あの会社だった。バークは経営不振に陥った同社を思い切って買収。これはもちろん気分の良い買い物だったが、それにより60万ドル(約6500万円)の借金を抱えた。

「友達全員から頭がおかしいと(言われた)。でも、ブランドがソーホー地区に店を持つためには一生かかる。ソーホー地区に店舗を持てれば、自分のブランドが成功したということ。なので『もし自分にこれができるなら、他のブランドがしなければならなかった数十年の努力を通り越せる』と考えた」

バークはその店舗を、イタリア製の高品質なシーツを販売するサンプルセールの場所に変えた。店は大きな売り上げを出し、バークは借金をたった9カ月で返済した。「もうかっていたので、そのままサンプルセールの店として残しておくべきだった」とバークは冗談を飛ばした。「でも僕には、ブランドを作るというビジョンがあったので、これを(最初の)ボビー・バーク・ホーム店舗にした」

バークは週7日、毎日15時間働き、会社を急成長させて、マイアミやアトランタ、ロサンゼルスに新店舗を開き、ターゲットやウォルマートといった大型デパートでの製品販売も始めた。しかし売り上げが増えれば増えるほど、バークは自分が本当に好きなデザインの仕事に時間をかけられなくなった。そのため、ソーホー店舗の賃貸契約が満了した2015年に店を閉じ、その後間もなく夫と共にロサンゼルスに移ることを決めた。

編集=遠藤宗生

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