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2019.06.27 14:30

昆虫市場に挑むスタートアップ、目指すは「世界と戦える企業」


そのハエはソ連からやってきた

ムスカの起源は今から約30年前、1991年のソビエト連邦の崩壊まで遡る。ソ連の崩壊によって、当時進められていた様々な研究や技術が国外に流出。その際にムスカの先代企業の代表がソ連に渡航し、1500件以上の技術・研究を買い付けてきた。その中の一つがイエバエだった。

ソ連がイエバエによる糞尿分解の研究を開始したのは冷戦時代の米ソ宇宙開発競争まで遡る。月への競争でアメリカに負けたソ連は、次の狙いを火星に定めた。しかし、月より遠い火星と地球を往復するのは4年もの歳月がかかる。その間の宇宙飛行士の食料の確保や排泄物の処理をどうすべきか。その課題を解決するために様々な方法が検討されたが、その中で最終的に選ばれたのがイエバエだったそうだ。

つまり、今ある社会課題解決の手段としてイエバエの飼育をゼロから始めたわけではなく、イエバエの可能性を早くから見出し、研究開発を続けているところに、食糧危機やSDGsといった時代の流れが追いついてきたのだ。

ソ連での約20年にプラスしてイエバエが日本に渡ってきてからさらに30年弱、合計半世紀近くに渡って研究開発を続けられたのは、廃棄物処理や食料危機の課題の重要さと、それらを解決できる事業の可能性の大きさがあったからだ。その間に重ねてきたハエの交配はなんと1100世代。ムスカとしての事業開始タイミングで、すでにとてつもなく大きなアドバンテージを築くことができている。

立ちはだかる壁を逆手に

順風満帆に見えるムスカの歩みの中に立ちはだかった壁はあったのだろうか。ピッチやコンテストで連勝を続ける流郷さんに聞いてみたところ、身も蓋もない答えが返ったきた。それはずばり「ハエのイメージの問題」。事業の話をしようとしても「ハエの話でしょ?」と聞く前から拒否されることもあったそうだ。

廃棄物処理と食糧危機という地球規模の問題を2つも解決できるという圧倒的な強みがあるのだから、ハエを使った事業であることは言わなくても良いのではというアドバイスを受けることもあるそうだ。しかし、地球規模の問題を考えているからこそ「言わないという選択肢はない」と流郷さんは断言する。

ムスカで肥料・飼料の原料としている畜産の糞尿は、それ自体の処理の問題だけでなく温室効果ガスの発生や地下水の汚染などの問題も引き起こしている。またムスカが生産する動物性タンパク質飼料が代替するものの一つに魚粉がある。魚粉は魚を原料としているが、漁獲制限と世界的な人口増加によって、今後ますます確保が難しくなっていく。そのため、まだ大きく成長していない稚魚の段階で違法に魚を獲ってしまうケースも増えているという。
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文=入澤諒

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