その店にあったのは、私たちが、前々日にロンドンでふらりと入ったパブとまったく同じメニューだったのだ。そういって店内を見回すと、壁にかけられたサインボードやアートポスター類はもちろんのこと、スポーツチャンネルがかかっているテレビモニター、そして置いてあるビールの種類も、すべてが同じだったのだ。つまりこの店は、ロンドンでふらりと入ったパブのチェーン店だったのだ。
前々日に入ったパブの料理は、そんなに美味しくなかった。ビール好きのスタッフは「ビールは美味しいですよ!」と言っていたけれど、私は、少し残念だった。
ロンドンから遠く離れた中世の面影が残るこの街のパブが、ロンドンと同じチェーン店だったことに気づいたとき、この街ならではのパブ文化を体験できるのではないかという期待は、大きく裏切られた。
日本へ帰国後、どこか気持ちがすっきりしないので、このチェーン店について調べてみた。なんとそのチェーン店を運営する会社は、英国最大のパブ小売業者兼醸造業者で、パブの他にレストラン、ホテルを所有し、ロンドン証券取引所にも上場する英国で最大のManaged Pub Companyだった。
長くM&Aを繰り返し、いまやこの会社が運営するパブの店舗総数は約3100有余とのことで、私はその内の2つに期せずして足を運んだということだ。さらに調べると、この会社は、ブランド変更の一環として多くの伝統的な歴史的パブの看板を取り除いたとして批判も浴びてきたとのこと。取り除いたのは看板だけではないことは容易に想像できる。
プライドの高いイギリス人が、こういった動きを安易に許してきたとは思いたくはないのだが、現実は厳しい。日本の観光地に世界のチェーン店が進出するのを止められないのと同様で、どうしてその場所固有の文化や伝統を、現代人は守ることができないのか、失ってみてはじめてわかることが多すぎる気がする。
変化に置き去りにされた人々と日本の未来
2017年に発表されたイギリスの計量経済学者による国民投票結果のデータ分析では、「年配者と教育水準の低い有権者、そして経済的な格差を持つ地域の人々や個人が『離脱』に投票した可能性が高い」との結果が報告されている。「ブレグジットキャンペーンは、イギリスの社会状況のさまざまな変化に、置き去りにされた(left-behind)と感じている人々への啓蒙に成功した」とも。
まさに、市井の人々が抱く、例えば、知らないうちに地元のパブがチェーン店化され、自分の「いつもの居場所」がなくなったときの感情を想像すると、日々の暮らしがじわじわと何か得体の知れない「大きなもの」に取り込まれて行く不安や悲嘆とともに、本物のパブがなくなるのを止められなかった悔しさのようなものが、この投票結果に影響したのではないかと、私も想像するのである。
翻って日本はどうだろう? 大切なこと。本当に美味しいとか、心地よいとか、日々のささやかな幸せとか、1杯ひっかけて笑ったり、怒ったりした人々の声が木霊のように響き合う、そんな居場所こそが、イギリスのみならず日本でも、大切なことは言うまでもない。
ブレグジットとは、「British」と「exit」の混成語とのことだが、その出口は、どこへ向かうのか。今後の動向を見つめながら、極東の日本という小さな島国の、「これからの姿」と重ねる私の旅も、またまだまだ続く。
連載 : Enjoy the GAP! -日本を世界に伝える旅
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