【取材後記】ゼリーのような国家から生まれる「個」の幸福の味

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エストニアに住む人々のインフラの中に根付く効率性や利便性。その根源にあるのは、国民一人ひとりのデータだ。「Data is King」ならぬ、「Data is People」なのだ。目に見えないデータを国の根幹として重要視する。データさえあれば、何が起きても、国として再構築が可能だからだ。

そんなインビジブルなテクノロジーの安心感によって支えられた社会。その安全の基盤の上に立つ人々は、自身のアイデンティティを重んじ、「個」としての思いと役割に素直に向き合う。まさに自律分散的につながる、ブロックチェーン社会である。

先述のエストニアの伝統料理スルトゥのように、枠としての国家が、個を際立たせながら、柔軟につなぎ、結集させ、その統合体たる国を形成している。 さらにその国家の枠は弾力性に富み、いつでもどこでも働ける「ロケーション・インディペンデント」な人たちを惹き付ける。

今回の取材でお会いした5人の起業家たちに聞いた。「あなたのように能力もあって、世界中どこでも働けるビジネスも作り出した。ならば、エストニアにいる必要ないのでは?」

すると皆、不思議そうな顔をした。「ここの長く厳しい冬を考えればそう思うかもしれないね。けれど、規制で無駄な時間を費やすこともなければ、税務処理も2分で済む。ここに家族もいて幸せな毎日がある。他に行く必要なんてあるのかな」

私にとってエストニアでの道程は、まるで「自分の中のOS(基本ソフト)を初期化する」ような旅だった。これまで試行錯誤してきた「働き方」「リーダーシップ」「個のあり方」などについて再定義しようとしたが、良い意味で裏切られた。

出会った起業家たちは飾らず、等身大の姿で私を受け入れてくれた。肩書や所属、立場といった社会との接点においてアイデンティティを築くのではなく、ありのままに「私が主役」の生き方を体現する彼ら。

時代の変化に流されることなく、本来の自分に立ち戻り、「今、大切なもの」について考えてみる。これこそが幸福への近道だろう。

文=谷本有香

この記事は 「Forbes JAPAN 100年「情熱的に働き、学び続ける」時代」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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