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2019.06.16

チェーンストア理論による老舗旅館「一の湯」の改革

塔ノ沢 一の湯本館


チェーンストア理論と老舗旅館


2017年7月開業の「仙石原ススキの原一の湯」8月には別館が開業する

価格を下げ利用者から支持されるようになったのは、ある意味当然の結果であったが、そのためには経営を効率化しなくてはならない。老舗旅館を継いだ晴也の行動は意外性の連続であった。1987年、経営のノウハウを学ぶために叩いた門は「ペガサスクラブ(日本リテイリングセンター)」だ。

ペガサスクラブとは、チェーンストアの研究団体として知られる。同クラブを主宰するチェーンストア理論の第一人者、渥美俊一氏のセミナーに晴也は目を輝かせた。経営効率数値項目の意義を理解し、目標数値を設定、数値を改善するための手法を取り入れることで経営改善への道程を描くことができた。

渥美俊一氏から経営のノウハウを学んだ晴也は、さっそく経営改善に乗り出す。指標は、売り上げから原価を引いた粗利益高を労働時間で割って算出する“人時生産性”だ。それは、従業員ひとりが1時間あたりに稼ぐ粗利益高を意味する。

当初、約1700円であった数値がキャトルセゾンの改革で3000円ほどにはね上がった。年収も2~300万円から400万円に上げることができた。確信を得た晴也は、一の湯の現場における経営効率の指標を人時生産性に絞り、全従業員の労働時間計測を分単位で行うことを開始した。残業代も、1分単位で支払うようにした。

幹部社員はペガサスセミナーに派遣したほか、チェーンストア産業のモデルであるアメリカでの研修もスタートさせた。生産性を上げる流通業の先進事例を学び、旅館に落とし込めないかと模索した。いまでは、全社員がアメリカに行くための積み立てをしているという。

一見親和性が感じられない老舗旅館とチェーンストア理論。格安を打ち出し注目される裏には、最先端の論拠があった。いまでは低価格路線の競合は増えたが、競合他社との差別化が、まさしく人時生産性の追求につながっているという。
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文=瀧澤信秋

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