ビジネス

2019.06.27 08:00

社員100人にインタビューを実施 RIZAP「デジタル改革」の舞台裏に迫る

RIZAPグループ 執行役員の岡田 章二

RIZAPグループ 執行役員の岡田 章二

ネットイヤーグループの石黒不二代が、企業のデジタルトランスフォーメーションを牽引されている方々を訪ねる本企画。今回は、RIZAPグループ 執行役員の岡田 章二氏に話を伺いました。


華麗な転身の元になった「ビジネスとITの融合」という考え方

石黒:ユニクロで有名なファーストリテイリングからRIZAPへと転身された岡田さんですが、そもそも何故ファーストリテイリングに入られたのかなど、とても興味があります。これまでのご経歴を教えていただけますか?

岡田:実家が裕福ではなかったため、小さい頃から母に「手に職をつけろ」とずっと言われて育ったんです。その影響か、システム会社に就職して、エンジニアとしてキャリアをスタートしました。そこで最初に担当したお客様が大手消費財メーカーでして、九州工場に常駐して、システム管理や開発をやらせてもらいました。そのとき、現場のおじちゃん達にとても可愛がってもらっていたのですが、僕が作ったジャストインタイムの生産システムによって、結果的に彼らの仕事に打撃を与えることになってしまって…。

というのも、ジャストインタイムの生産システムは、その日の生産量に合わせてその日の分だけ原材料を調達するというものですから、メーカーにとってはものすごくメリットのあるものですが、逆に下請けの会社さんからしてみれば、週に1度納品すれば良かったところから、自分たちで在庫を抱えて毎日分散して運ぶことになるわけですよね。もちろん僕にはビジネスプロセスを考える権限はなかったものの、僕が作ったものによって、お世話になった方たちを苦しめることになったのが、すごくショックだったんです。僕はそんな自分が許せなくて、「自分でビジネスを企画できる人間になるしかない」と意を決して、“ビジネスとITを組み合わせられる領域で、日本一の人間になろう”と思ったのが27歳のときでした。

石黒:そんなにお若い頃から、そこに到達されるなんて、凄いですね。

岡田:今思えば、あれが僕のターニングポイントでしたね。それで「日本で一番って、どういうことだろう?」と考えたときに、大きい会社に入ったら歯車になるだけだろうと思ったので、“誰も知らない会社に入って、その会社が日本一になれば、僕の日本一も証明できる”と考えたんです。そのとき、たまたま入社したのが、ユニクロを展開している株式会社ファーストリテイリングでした。

石黒:ユニクロさんが誰も知らない会社だったのは、何年のことですか?

岡田
:93年です。まだユニクロの中身が大混乱している時期で。柳井さんって、すごいんですよ。当時は150億円くらいの年間売上だったのに、それを10年で3000億円にするというビジョンと計画が具体的に書いてあったんですね。システムの状況を見ると惨憺たる有様でしたし、誰もが無謀だと思っていたのですが、僕は純粋に実現できるものだと信じてしまったので、店舗や業務標準化を進めながら事業拡大するための仕組みづくりに着手しました。でも振り返ってみると、10年で4000億円、僕が辞めるときには1兆8000億円で120倍にまで拡大していましたからね。

石黒:それはすごい。

岡田:「とにかくシステムが火を吹いて大変だから、なんとかしてくれ」と人事から助けを求められたので、「火消しのプロジェクトをやってみて、合わなければやめればいいや」くらいの気持ちで行ったら、結局24年いることになりました。その間に、ユニクロがどんどん大きくなっていく過程すべてが、僕の経験として財産になっていきましたし、当初は僕以外3名しかITにいなかったところから、最後には300人の仲間ができていました。辛い事も多かったけど、本当に素晴らしい経験をさせて頂きました。
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文=石黒 不二代

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