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浅野美奈弥

「モデル」を取り巻く環境は、この十数年で大きく変わっている。2006年イタリア政府により「痩せすぎたモデル」の起用が規制された。2010年以降、多様な美のあり方が取り上げられるようになり、渡辺直美がグッチのモデルをつとめたことは記憶に新しい。

浅野美奈弥(あさの みなみ)は、そんな移り変わる時代をしなやかに強い意志で開拓する。

彼女の肩書は3つだ。

1つめは、モデル。「ELLEgirl」や、スポーツブランドなどで活躍している。2つめは、起業家。浅野は2017年に「美菜屋」という屋号を掲げて会社を立ち上げ、アパレルや雑誌撮影時のケータリングやお弁当を手作りしている。見た目も華やかで栄養バランスのとれたケータリングは、ファッション業界を中心に大きな支持を得ている。3つめは、ランナー。レースに参加するだけでなく、自身でランニングコミュニティ「GO GIRL」を立ち上げて精力的に取り組む。

彼女がなぜ3つの肩書で活動を続けるのか。それは、モデルとして働き体調を崩したことをきっかけに、「心と身体の健康」を追い求めるようになったから。表舞台と裏方をどちらも担う彼女の「新しい働き方」に迫る。

──モデル、ケータリング、そしてラン。3つの肩書でいまの働き方をするまでに、どんな経緯があったのか教えてください。

高校2年生の頃からモデルをはじめました。北海道の高校に通っていて、担任の先生が東京のモデル事務所の社長を紹介してくれたんです。東京からはるばる会いにきて「モデルをやりませんか?」って。そのときはまだよくわからなかったので、「こんにちは」と「はい」と「さようなら」しか話せなかった(笑)。

20代前半の頃は、モデルとして売れたい気持ちが強かったと思います。「有名になりたい」とか「誰かのようになりたい」とか。そんなことを考えすぎてしまい、最終的に「自分が太っているからうまくいかないんだ」という考えに行き着いてしまったんです。痩せれば売れるだろうと。そんなことはないんですけどね、本当は。

──パリコレクションのモデルが痩せすぎていると問題視されたことが記憶に新しいですね。

私も痩せていることが売れるための最低条件である、というイメージを持っていたし、実際に痩せている人も多かった。でも、当時売れなかったのは体型の問題ではなく、自分の人間力がまだまだ低かったんだと、いまは思います。

文=長嶋太陽 写真=西村理佐

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