そこから見えたのは、個人の偏愛や嗜好性が際立つ「私が主役」の世界だった。テクノロジーによって新しい働き方を実現する未来を先取りし、誰もが主役になれる世界。今、新しい旅が始まる。
CASE 5 Harmony × Eesti 2.0
「1992年、私たちは31歳の大変若い総理大臣を選びました。経験が浅く、たった2冊の本しか読んだことがないような、何も知らない若者でした。この未熟な人材を選んだことで、私たちは怖いもの知らずにさまざまな改革ができたのです」
テクノロジーの力で、子供たちの可能性を引き出す教育分野のNPO法人Eesti 2.0 エデ・シャンク・タムキヴィCEOが当時を振り返る。
多くの東ヨーロッパの国々は保守的な政治的選択をしたが、エストニアは違う道を進んだ。旧ソビエト連邦支配下、貧しさの中で育ったエデが、ソビエト崩壊後、行き場を失ってしまったかのような焦燥感に苛まれながら見出した希望の光だった。そんな彼女もまた、メディア業界から教育の世界に飛び込んだ挑戦者だ。
Eesti 2.0は、これまで50以上の小中学校に3Dプリンターを寄贈。それを契機に、首都タリン市はすべての学校への導入を決め、他の地域にも波及している。
テクノロジーを使って、社会の課題を解決するプロダクトを開発するサマーキャンプも人気だ。約60人の小中学生が参加し、スタートアップの起業家らがメンターを務める。彼らはプログラミングを学び、グループごとに独自のアプリケーションなどをつくるのだ。
エデから意外な話を聞いた。「実はエストニアと日本の子供たちの教育現場は類似点が多いんです。形式を大切にし、厳しい規律があります。また学校の授業ではクラスの中でアイデアを発表する機会が少ないので、多少引っ込み思案な傾向があります」。
サマーキャンプでは最初にゲームを取り入れたところ、子供たちは打ち解けてアイデア出しが活発になったという。テクノロジー教育はもはや、どの国でも珍しくなく、日本でも2020年度より小学校でプログラミング教育が必修化される。
「論理的思考力を身につけるための教育」と位置づけられているが、エデたちが推進する3Dプリンターを使ったICT教育は「コーディング一辺倒の教育」に異論を唱える。
「もちろんロジカルな思考法は必要です。ただ、私たちが大切にするのは、ものづくりを通じて失敗を重ねながらつくり続ける力です。何よりも重要視するのは、結果ではなく、多様性あるチーム行動のプロセスです。チーム全員で手を動かし、自由な発想で行動し、その中で起こる他者への理解、融和が大事なんです」
エストニアには将来の夢は「起業家」という子供が多いという。「単に個人の利益を求める『ビジネスパーソン』との相対として、世界や社会へのインパクトや、変革を求める人物として捉えているから」とエデは語る。
この思想は、最大多数の最大幸福を重視する功利主義的な考えからきているようにも感じる。18世紀イギリスの哲学者ジェレミー・ベンサムが説くように、個人の自由がベースとなる全員の幸せ。エストニアの子供たちが学ぶ「融和」の先にある、清らかな幸福を意味する「清福」。これはまさにエストニアの人々が歴史上たどってきた精神性そのものである。