21世紀の文学の新たな役割[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

鉄血宰相と称せられたプロイセン・ドイツの政治家、オットー・フォン・ビスマルクは、かつて、次の言葉を遺している。

「愚者は、経験に学び、賢者は、歴史に学ぶ」

この言葉の原意は、愚者は、自分独りの限られた経験で物事を考えるが、賢者は、他の多くの人々の経験から学ぶというものであり、「他の多くの人々の経験」が「歴史」と意訳されたものである。

この言葉に象徴されるように、世の中には、「広く人類の過去の歴史に学べば、人類の未来についての洞察が得られる」という思想があり、それは、これまで多くの哲学者や思想家、歴史学者や未来学者、さらには、政治学、経済学、社会学などの社会科学者が依拠してきた基本思想でもある。

言葉を換えれば、社会科学とは、無数の人々の集まりである「社会」の過去の変化や発展、進歩や進化の姿を、歴史のスケールやマクロな視点から観察、分析、考察し、そこに何らかの「法則」や「理論」を見出し、その法則や理論から人類社会の未来の変化を予見し、それに、いかに処すべきかを洞察する営みであるとも言える。

例えば、経済学が語る「コンドラチェフの波」などの景気循環の法則や、政治学が語る「貧しい国で生まれる独裁体制は、経済が豊かになるにつれて民主主義に移行する」という法則、社会学が語る「発
展途上国には、資本主義の導入に伴って、欧米的な文化が広がっていく」という理論など、これまでも、多くの法則や理論が提唱されてきた。

こうした「人類社会の過去の経験に学ぶことによって、その未来が予見できる」という思想は、混沌とした現実の中で方向を見失い、不確実な未来に不安を覚える人々にとっては、希望の光となる思想であり、社会科学と呼ばれる分野が、その光を見出す役割を担ってきたことは、論を待たない。
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文=田坂広志

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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