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ネットの風評被害を根治する!
私が「カイシャの病院」を作った理由
「人間は病気になれば病院で治療できるが、企業はいろいろな悩みを抱えていても適切に治療を行える場所がない」。そんな問題意識から生まれたのが、“カイシャの病院”という企業コンセプト。いたずら好きな三澤の性質は、困った人を助けずにはいられない、という優しさの裏返しでもあった。
曲がったことが大嫌い。困っている人を助けたい。これが三澤和則の信念だ。子どものころからこの性格は変わらない。
「自分の正義感や価値観をもとにして判断し、行動できるようになったのが、経営者になってよかったこと」という三澤の言葉を象徴するエピソードがある。
何年も前に、障がい者の就業を支援していたアイスクリーム店がネットでの風評被害に苦しんでいたとき、無償で自社のサービスを提供した。
発端は、障がいのある従業員がお釣りの渡し間違えをしたこと。ネットに「泥棒」と書き込まれて悪い風評が広がり、被害を受けた。店から相談を受けた三澤は、ネット上での悪意のある誹謗・中傷に憤りを感じ、店の人々を助けずにはいられなくなったのだ。
そんな彼の好きな映画が『ブレイブハート』。スコットランド独立のために戦った実在の人物、ウィリアム・ウォレスの生涯を描く。「『自由』を重んじる主人公は、命を賭してイングランドの圧政に抵抗し、スコットランドの民衆を救っていった。その強い意志に共感します」。
三澤が経営するソルナが展開するのは、企業やブランドを対象にした、インターネット上の危機管理コンサルティング。企業のコンセプトを「カイシャの病院」と銘打ち、「治療」と「予防(検査)」のふたつの観点から、ネット上の風評被害の根治を目的としたサービスを提供している。
コンセプトに医療用語を活用したのは、三澤自身の体験の影響だ。ソルナ設立前、三澤は右目を患って入院した。失明の可能性も指摘され、落ち込み、恐怖にも襲われた。だが、看護師やドクターの「大丈夫。一緒に治していきましょう」という頼もしい言葉に励まされ、希望を持ち直したのだ。
そのときに「人間は病気になれば病院で治療できるが、企業には悩みや困りごとを適切に治療できる場所がない」と気づき、起業のテーマとしたのである。
採用の新たな判断軸「ネットの履歴書」
「治療」は、WEB上で発生した誹謗中傷への対策や、検索順位を下げて利用者の目に触れにくくする「逆SEO」の対応だ。WEB上で検索順位を下げるのは非常に難しく、システム開発力、データ分析など高度な専門知識が必要とされている。ソルナは、国内外の優秀なエンジニアを集めて、そのシステムを構築した。
「予防」の部分では、未然にトラブルを防ぐことを重要視し、ネットの風評監視や、ネットリテラシー研修などを実施してきた。
そして、2018年に開始したのが「ネットの履歴書」。これは、社員採用の段階でトラブルの因子を発見し、リスクを減らそうというもの。応募者のSNSアカウントやネットへの書き込みを調査・分析し、将来、就業した企業の悪評をネットに書き込む危険性が高いのか、あるいは会社に貢献する可能性を秘めているのかを評価しようとするものだ。チェック項目は「過去の犯罪歴」「履歴詐称」「反社会的勢力関連情報」、そして「無断副業」など企業にそぐわない行動や「死ねなどSNS上の暴力的な発言」など。ソルナが、これまでにネットリスクへの対策を行ってきた知見を生かした。
「風評被害などネット上のトラブルは現社員や辞めた社員が引き起こしている場合が圧倒的に多いことに着目したのです」。
2018年に始めた「ネットの履歴書」はSNS時代の人物健全度調査サービス。
履歴書、職務経歴書に並ぶ採用の判断軸になることを目指す。
採用担当者の5人に1人がSNSを確認
海外ではすでに、SNSの素行を採用時にチェックする習慣が定着している。たとえば、イギリスを本拠地とする国際市場リサーチ会社のYouGovが18年3月にイギリスの採用担当者61名を対象に行ったアンケートでは、5人に1人が、SNSを確認して採用を見送った経験があると回答した。
さらに、ソルナが2018年4月から19年1月にかけて10〜60代を対象に7,386件を調査したところ、1,386人もの問題を発見し、実績を出した。「『ネットの履歴書』は、履歴書と職務経歴書に並んで、人材採用時の第三の判断軸になっていくに違いない」と、三澤は自信を見せる。
そんな三澤には、いたずらっ子の少年のような一面がある。“オフ”モードになると、初対面のクライアント、ソルナの社員、他の経営者など、誰にでも、フランクに話しかけるのだ。ある役員は、そこが三澤のチャーミングな部分だと笑う。「誰かが落ち込んでいたり、新入社員が緊張したりしていると、あえてラフに話しかけ笑わせ、場を和ませてくれるんです」。そう語るすぐ隣では、それまでずっと威厳と貫禄を醸し出していた三澤が、頬を赤らめ、照れた表情を浮かべていた。
愛読書はスティーブン・R・コヴィーが成功哲学や人生哲学を説いた『7つの習慣』。
年に2回、正月と盆休みに2日間かけて読み返す。
「経営者になると、至らない部分があっても誰にも指摘してもらえないから、この本を軸に自己評価と内省をします」。
BIOGRAPHY
三澤和則(みさわかずのり) 1968年生まれ。 大手医療機器メーカーに就職。 2003年、同社執行役員に就任し、全国の拠点とサービスセンターを統括。 同社退職後、世界トップクラスのエンジニアとの出会いを経て、 11年にソルナを設立。 |
text by Ayano Yoshida | photographs by Junji Hirose | edit by Tsuzumi Aoyama
吉田彩乃 = 文 廣瀬順二 = 写真 青山 鼓 = 編集