新天地で自分を生かす、勇気ある老女の「第二の人生」

ロンドンで行われた『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』のワールドプレミア。中央が主演のジュディ・デンチ(Getty Images)


ジャイプールの活気に満ちた喧噪、大勢の人々に猛スピードで行き交うトゥクトゥク、溢れかえる鮮やかな色彩など、いきいきした街の描写が素晴らしい。その風景の中に、イヴリンは地図を片手に積極的に踏み出そうとする。

富裕層の優雅なロングステイとは事情が違うため、滞在費を捻出するべく新聞で見たテレホンセンターの求人に応募、若い職員への「教養アドバイザー」として採用され働き出す。長年積み重ねてきた人生経験が思いがけず役に立つという、とてもいい場面だ。

ベリーショートのシルバーヘア、顔に刻まれた年輪、小柄な体をゆったりしたリネンのワンピースに包んだイヴリンの繊細な優しさ、控えめなユーモアが暖かい人柄を感じさせる。ダグラスがイヴリンに惹かれ始め、グレアムがイヴリンにだけ自分の秘密を打ち明けるのは、彼女の柔軟で開けた態度に安心感を覚えるからだろう。

グレアムがインドに来たのは、実は若い頃愛した男性を探すためだったのだが、その探し人訪問にイヴリンとダグラスが同行する場面から、異国の地で3人の間に育った親愛の情が伝わってくる。

登場人物に訪れる変化

ミュリエルには大きな変化が訪れる。手術が成功した後、車椅子の彼女につきそうことになったインド人医師との間に芽生える信頼関係が、その兆しだ。

食事係の娘が毎朝運んでくるインド式の食事に手をつけず、イギリスから持ち込んだビスコットを食べる頑ななミュリエルだったが、長年メイドを勤めていたことから娘の気遣いを理解し始め、ふとしたやりとりがきっかけとなって、「不可触民」である彼女の家を訪ねる。

有色人種をあれほど嫌っていたミュリエルが、同じメイドという職業に就く者へのシンパシーから、自分の偏見に気づくようになるこの一連の出来事は、非常に示唆的だ。これ以降、ミュリエルは周囲に対して張り巡らせていたバリアを解き、彼女が本来持っていただろう落ち着きと聡明さを取り戻していく。

一方、毎日街歩きに出かける好奇心旺盛な夫ダグラスをよそに、ジーンは誘われてもホテルに閉じこもったきり。家を手放した後、高いアパートを借りるくらいならとせっかく来たインドなのに、期待とは違う状況に失望し、不満を溜め込んだまま娘からの送金を待っている。

夫への愛情はとうに失せているジーンが気になるのは、元判事のグレアム。一人で暇を持て余している自分に声をかけてくれたグレアムは、頼りがいがありそうで紳士的に映る。やがて、取り残されている不安から恐る恐る出かけるようになったジーンは、偶然グレアムと遭ってアプローチを試みるものの、ゲイであることを告白される。

ジーンはイブリンやリュミエルより年下のようだが、その姿勢は見ていてちょっと辛い。求めるものが多いため常に不満ばかりで、人と何かを分かち合おうとしないのだ。この人はこれまでいつも、相手に与えてもらうのを待っているような人生を送ってきたのだろうか? と思わされる。

グレアムの突然の死を境として、状況は大きく変わっていく。

落ち込むイヴリンを慰める夫ダグラスの姿にキレるジーン。しかし最後の崖っぷちでやっと自ら重大な決断を下した時、初めて彼女の顔は晴れ晴れとした納得で輝く。

一方、ホテル閉鎖の危機に際してミュリエルは昔とった杵柄を発揮し、思いがけず若い支配人ソニーの「片腕」的存在に。いずれも、さまざまな出来事を経て、インドに来た当初とは一皮剥けた状態に変化するのだ。

そんな中で、イヴリンは改めてこの地で生きていくのだという思いを新たにする。新しいことに怯えず、むしろそれを楽しみ、自分の持てるものを次世代に受け渡す場をここで得て、彼女の第二の人生が始まった。こんなふうに歳を取りたいものだとつくづく思う。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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