人混みの中から、そんなつぶやきが聞こえてきた。今年5月下旬に横浜で開催された、自動車技術の見本市「人とくるまのテクノロジー展」の会場でのことだった。
声がした方へ目を向けると、カプセル型の乗り物が展示してある。旭化成のコンセプトカー「AKXY POD」だ。
まるで車とは思えないフォルムと、木材や芝生など自然を感じられるマテリアルがあしらわれたボディ。旭化成のグループビジョンのひとつでもある「環境と共生」「五感でつながる車の未来」をテーマに、その世界観を表現することに重きを置いてデザインされたものだった。
このコンセプトカーのデザインを手がけたのは、イタリアで修行を積んだカーデザイナー・石丸竜平率いるデザインハウス「Fortmarei(フォートマーレイ)」。
代表の石丸は、九州大学卒業後、イタリアへ渡りミラノでプロダクトデザイン、トリノでカーデザインを学び、FCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)にインターンとして勤務。そこでカーデザイナーとして修行を積んだ後に帰国し、電気自動車の開発販売を行うGLMへ入社。2018年に独立しFortmareiを設立した。
カーデザイナーは一般的に、トヨタや日産に代表されるような大手メーカーのインハウスデザイナーとして働くケースが多いのだという。そんななか、なぜ石丸は独立という難しい道を選んだのだろうか。カーデザイナーを志した理由、そして今後実践していきたい「働き方」を聞いた。
──通常カーデザイナーは、大手メーカーのインハウスデザイナーが一般的だと聞きました。なぜ自分で会社をつくって、カーデザインをやろうと思ったのでしょうか?
イタリアで、FCAにインターン生として働いていたときのこと。FCAとは、フィアットやマセラティ、アルファロメオなど、世界中にファンが多い有名な車をつくっている会社です。
大学の卒業制作でアルファロメオのデザインをしていたことがきっかけで、インターンとして雇ってもらえることになりました。もともとイタリア語も話せない状態から大学でカーデザインを学んでいて、ようやく現地の会社でデザインができるようになったので、とてもワクワクしていたし、嬉しかった。けれど実際に働いているうちに、彼らの多くは良くも悪くも「サラリーマン」であることがわかったんです。
カーデザイナーは一般的に大手メーカーの社員として働くことが多い。ウェブデザイナーが、エンジニアやビジネスサイドのディレクターとコミュニケーションを取りながらデザインを進めていくような形とは異なり、カーデザイナーは基本的にデザイナー同士だけの仕事が圧倒的に多い。車はエンジニアがいて初めて成り立つのに、自分は絵だけ描いていて、自動車を作っている実感がありませんでした。
デザイナーたちはそれぞれ、毎日毎日、車の絵を描き続けます。それ自体は自分の性分にも合っていたのでとても楽しかったのですが、お昼休みには時間きっかりにみんなでランチに行き、定時になったら「おつかれさま」と帰っていく繰り返しの日々。それは、寝食を忘れても絵を描きたい自分には物足りなかったんです。
僕がカーデザイナーを志したきっかけの一つは、奥山清行さんというカーデザイナーのドキュメンタリーをテレビで見たこと。いまはご自身でデザインスタジオを経営していらっしゃる、日本を代表するデザイナーです。当時テレビを通して自分が夢みていた奥山さんのようなカーデザイナーの理想像と、当時の職場で目にした現実が少し違って、つまらなく感じるようになりました。