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 少し前から、英語圏の作家による“SF”が面白い。“SF”といってもサイエンス・フィクションではなくて、ストレンジ・フィクション=奇想。サイエンス・フィクションも未来世界や暗黒世界など“たら・れば”で成り立つ設定を信じ込んでストーリーが進む“奇想”には違いないのだから、その境目を問われるとかなり曖昧なのだけど、ストレンジ・フィクションの世界のほうが現実世界までの距離が近いと言えばいいだろうか……。あるいは世界のどこかにこういう地域があるのかもしれないというくらいの違和感。ひょっとして隣に座っている人には世界はこう見えているのかもしれない、という程度の歪み。そのかすかな歪みをひょいとすくいとって、この新しい“SF”は紡ぎ出される。

 20世紀末に隆盛だった、例えばレイモンド・カーヴァーのような作家たちが描いたスーパーリアルな世界と比べると、さらにわかりやすいかもしれない。村上春樹による邦訳が出たり、ロバート・アルトマン監督で数作品を原作にした映画『ショートカッツ』が公開されたりしたから、記憶にある方も多いだろう。あれが日常の断片を切り取ってみせるような世界だったとしたら、ストレンジ・フィクションの世界とは、そこにちょっとだけ裂け目を入れたようなもの。裂け目からずるっとはみ出した異物が、作品全体を奇妙な色に染めてしまう。

 ……と、長い前置きはさておき、セス・フリード。11の短編からなる『大いなる不満』は、この“ニューSF”の切っ先にあるような作品だ。例えば冒頭の「ロウカ発見」の舞台は考古学のラボ。ヨーロッパの山中で7,000万年前のミイラが発見されたことで、ラボは熱狂に沸き返る。ミイラに愛を注ぐあまり服装まで華やぎ、言動も明るくなって研究者たち同士に恋も芽生えて……と激烈に変わっていく研究者たち。と、そこへ同時代のものらしい第二のミイラが発見されて、事態はさらにおかしな方向へと転がっていく。

 これがデビュー作というフリードの底知れぬすごさは、世界の“歪み”あるいは設定の妙ちきりんさを超えて、「ああ、人間ってこういうもんだよな」と思わせてしまうところ。欲望、嫉妬、追いつめられた人間の喜怒哀楽……。現実社会に大いにありうる人間の本質、それもできれば目を背けていたいような本質が、無理なく描かれる。

 それは設定がさらにすっ飛んだ作品でも同じ。例えば「ハーレムでの生活」では、主人公のさえない官吏はひょんなことからハーレムの一員となって女性たちと生活をともにすることになるのだが、王を観察するうちに、官吏自らも変化していく様子には人間の欲望の正体が映し出されているよう。それから例えば「格子縞の僕たち」の舞台は、正体不明の研究をしているラボ。格子縞の制服を着せられた主人公たちの役割は、火口に投げ入れる猿をカプセルにきちんと入れることだが、色つきの制服を着た“選抜チーム”の面々にあからさまに蔑まれたり、研究対象である猿に情が移ってしまったりと、これまた身に覚えのある人間の姿が批判的な視点で描かれる。

 時代や地域を自在に往来する奇想と人間への確かな観察眼。そのふたつが見事に組み合わさって生まれた短編集なのだ。

 人間に対する優れた観察眼という意味では、ハンガリー出身で長くアメリカに暮らした20世紀の写真家アンドレ・ケルテスの、鏡に映って歪む人間像を撮影した“ディストーション”シリーズを思い出す。この作家もまた、人間へ注いだ視点をさまざまなかたちに結実させたひとりだった。

文=阿久根佐和子

 

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