「給与振り込みの金額計算、間違っていない?」
事務所を開いて数カ月がたったころ、給与振り込みの翌日、外木から連絡がありました。
「え?」
確認すると、外木にシンガポールドルで給料を振り込む際、計算ミスで、本来渡すべき額の7割程度しか振り込んでいませんでした。
「それまでもいろいろしでかしてきたのを見てきたが、今度はここをミスるか!と思わず笑ってしまった」と外木は振り返っています。
シンガポールで講演する外木
「コケて学べ」
こうした仕事は会計事務所に丸ごとお願いすれば、滞りなく済んだのかもしれません。でも、私たちはしませんでした。
丸投げして圧倒的な成果が出たりスピードが生まれたりするのなら、もちろん任せます。だけどそこまででないのなら、まずは経験がなくても自分たちでやってみる。
最初は失敗もするし、美しいかたちに仕上がらないこともあるでしょう。でも経験すれば、自分でゼロからプロセスを組み立てる力が身につきます。自分でたいがいのことは決める力も養えます。上達すればむしろ外部に任せ放しにするより品質を高めたり、業務プロセスを柔軟に変えたりすることができます。
当時は無我夢中でそこまで理解していませんでしたが、失敗続きの日々は、ゼロから「クイック&ダーティー」を重ねる過程だったのだ、と今は思います。
こうした仕事を私に任せた外木も「クイック&ダーティー」で経験を増やしてきたといいます。「働き始めてから今まで、意思決定から結果まで『コケて学べ』と全面的に任せてもらえる環境にいた。自分で決められる分やる気が出たし、失敗も修業にもなった」と振り返ります。
国内事業が成長しているさなかに、海外事業に移った外木ですが、ディープラーニングがまったく広まってない時期にABEJAに飛び込んでビジネスを広げてきたときと同じだと言います。「まだ誰も気づいていない分野に直感的に飛び込み新しい価値を生み出していく。しかも世間の関心がそこに向くころにはもう次の場所に移っている、くらいの速度で。それが最高に楽しい」
外木は赴任直後から、知り合いをたどり、現地の起業家や投資家、シンガポール政府機関の担当者や国立大学の研究者と会い始めました。
「誰の何の課題をどんな事業で解決すればいいか」という問いへの仮説が正しいかどうか、相談の相手になってもらうのが目的でした。同時に自分たちの事業を何らかのかたちで関わってくれそうなパートナーを探す意味もありました。当時のスケジュールを見返すと、1日4~5人に会い、朝昼夜も会食していました。